Jan 28, 2012
えいが
ぼくは映画好きが高じて映画作りを始めたんですね。
だから今でもきほん映画ファンです。
映画監督はたいてい映画ファンです。
当然と思うかもしれませんが、
劇作家は他人の芝居を観ないし
歌手は他の歌手の歌を聴かず
画家が他のアーティストのファンとは限らない。
しかし映画監督はたいてい誰の作品でも観ます。
映画を観て話をするのが大好きなんです。
難しい話をするわけじゃありません。
「今度の『ミッション:インポッシブル』のトム・クルーズはよかった」
とか、そんな感じ。
もちろん素人じゃありませんから、
映画を観るときには
様々な角度からいろいろなものを同時にみています。
ストーリーや俳優の演技はもちろん、
演出や撮影の技術もみています。
あえてみるのではなく
自然に眼に入ってしまう。
ロケ場所の使い方とか
セットの飾り方、
エキストラの動きだったり
編集のテクニックだったり。
あ、いまのカットつなぎが甘かったな
とか
撮影が演出の狙いに合っていないな
とか。
いまの場面は過去のなんとかいう別の作品の影響だな、とか。
(そういう場面はそれを見抜ける客のために用意されている)
だいたい1/24秒の単位でものをみていますから
ふつうの人が見逃すようなものもみていたりします。
映画じゃありませんが
最近ドラマの『FRINGE』にはまって観ていて
タイトルバックの最初に
1/10秒だけ蝶が映っているのがみえました。
細かい効果だと思いましたね。
タイトル制作者の遊びなのかもしれません。
まあしかし
そんな細かいことはどうでもいいんです。
要は
全体的によくできているかどうか。
さらには
自分の趣味に合うかどうか。
結局は出来の良し悪しよりも
好みです。
映画は嗜好品ですからね。
どんな名作も口に合わなければそれまで。
不出来な映画も好きならとことん許せる。
新作はできるだけ劇場で観ます。
DVDで観るのは
古い映画か、一度みて気に入った作品。
最近は仕事が多忙で劇場に行く暇がない
というのは、言い訳。
本当に観たければ時間は作れるはずなんです。
毎年、年始に1年の計をたてるのですが
「映画を100本観る」
というのが例年目標のひとつ。
もちろん劇場で。
しかし、なかなか1年に100本は観にいけない。
週に2本でいいのですけどね。
とりあえず今年も頑張ってみます。
最近みた映画では
『パーフェクト・センス』が良かったかな。
ユアン・マクレガー主演で
低予算のイギリス映画ですが
センスよくて、巧かった。
人類が滅びるような映画なんですが
きほんラブ・ストーリーで
悲壮なのに暖かいという
凝った作品です。
Jan 21, 2012
うらない
毎朝、欠かさずしていることは
その日の占いをチェックすること。
信じてるんですか?
って、ツッこまれそうですが
ぼくは偶然を信じて生きてますからね。
今日はどんな偶然があるか
確かめてるんです。
人類が未だコントロールできないものが、
偶然とタイミング。
このふたつを自由に使いこなすことができれば
ものごとはポジティブに進み、
すばらしい人生を過ごすことができ、
みんなが幸せになれるでしょう。
占いというのは
偶然を体系だててみていくようなテクニックですね。
占星術のように
ある程度、情報の集積から得られた結論は
たとえメカニズムが不明でも
実践で役立ちます。
占いが難しいのは、結果をことばや意味に変えるところで
つまり占い師の読み解きの力と叙述力。
感度がよくてもことばの選び方がよくない占い師もいます。
人気のある占い師も、
誰にいつでも当たるとは限らない。
そこは占い師も人間で、
調子のよいときもあれば
不調なときもある。
ぼくはずっとCさんという世界的な占星術師の占いを見ていたのです。
一時期は怖いくらいに当たっていた。
ところが最近はどうにもピンとこない。
波長がズレたか変わったか、
何かが起きて合わなくなってしまった。
かわりに最近はMさんという、これも世界的に人気のある占星術師の占いを見ています。
その占いは意味が明確で、
具体的なので、なかなか役に立ちます。
当たる当たらないは偶然の確率だといわれますが
その偶然こそが鍵だと想うんです。
偶然を紡いでゆくと
ふしぎと必然につながる。
こういう必然を
「運」
とか
「縁」
と呼ぶのですが
理由や原因はともかく
日本人なら自然に受け止めることができる現象ですね。
Jan 14, 2012
いしがみ
いま住んでいるところは東京、練馬の
石神井公園というところなんですが
ここはかつて豊島城があった史跡で
城が攻め落とされたとき
はかなくも池に身を投げた照姫さまの伝説があります。
年に一度それにちなんだ
「照姫祭」が開かれて
露店が並び、縁日のように賑わいます。
それはともかく
その地名「石神井」をなぜ「しゃくじい」と読むのか、
「石神」がなぜ「しゃくじ」なのかは
あまり気にしたことはなかったのですが
日本の古代史に関係してくる謎のことばだとは
思いもよらなかった。
うちが長野の諏訪大社(下社)ゆかりの家系であるとは
何度も書きました。
七年に一度、御柱祭がある
諏訪信仰そのものが
国史とは別にかなりの歴史がありますが
さらに古いのではないかと推測される正体不明の郷土信仰に
「ミシャグチ」さま
というのがあります。
漢字では「御左口」。
「御左口神」と書いて
「ミシャグジ」とも読みます。
実は長野だけではなく
全国どこの地にも似たような名称が散らばっていて
「シャグジ」
「シャゴジ」
「ジャグチ」
「サゴジ」
「シャクシ」
なんて神社(祠)が実在します。
「杓子」からきて「オシャモジ」さまなんていわれているところもある。
古くは柳田国男さんの研究(「石神問答」)で紹介されて
いまでも歴史家や郷土史家の間で様々な推測がなされ
大陸から渡ってきた古い信仰である、
道教からきている、
アイヌ語である、
シャーマニズムである、
と様々な説が取りざたされてますが
いまだ起源がハッキリしません。
もうひとつの特質として
「ミシャグジ」は石を奉っていることとも関係が深く、
ご神体が石棒(男根型)だったり
石皿(女陰型)だったりも珍しくない。
石を奉るから
石神、と書いて「シャクジン」と読むのがなまった
という人もおりますが
「シャクジ」ということばに「石神」という文字を当てた
といったほうが正しそうです。
もしこれが本当に古く
縄文時代の名残りだとすると
源日本の文化を知る手がかりともなる
興味深いことばなんですね。
さらに研究は
道祖神との関係、
サルタヒコ、アマノウズメ といった日本神話との関係
と展開して
いずれは世界の古代信仰
(たとえばケルトとか古代エジプトとか)
との比較になるのでしょう。
そんな奥深い謎の地名に住んでいるなんてね。
考えると楽しいもんです。
Jan 6, 2012
あ
あけましておめでとうございます。
とシンプルな書き出しではじめる2012年始の6D。
ご挨拶がすっかり遅くなりましてすみません。
書き出しを 「あ」 にしようか
「A」 にしようか
と考えておりました。
と書くと早速ネタばれなのですが
今年の6Dはキーワードを50音順に決めたエッセイを綴ろうかと。
アルファベットでも 「A」 で 「AKEMASHITE」 になるので
それも悪くないかなと思ったのですが
それだと26回で終わってしまうでしょ。
さすがに1年間に更新26回じゃ少ないですよね。
「いろは」という手もあるのですが
書き初めが 「い」 より 「あ」 のほうがなんとなくめでたい気がするので。
50音あれば1週間に1ネタでも1年行けそうだし
足りなければ濁音を使う手もある。
というわけで、改めまして
あけましておめでとうございます。
いつもお読みいただき。ありがとうございます。
年始はどう過ごされましたか。
ウチは例年、年越しは近所の氏神さまに詣で、
(天祖稲荷なのですが)
三が日には
筑波神社 と 富士本宮浅間神社 に参ります。
筑波山と富士山、
つまりはこの関東を守り司る
ニ大山岳を詣でるという
まさに関東人らしいならわいを行っております。
まあ、筑波の方は妻の実家が近いということなんですが。
筑波に登れば
東京の街並みを挟んで富士山まで見晴らせます。
ああ、
これが関東かと
しみじみ思いますね。
わずかながら、古代人の気分に浸れる。
古代のヒトは大地のパワー、エネルギーを見てとれたかもしれず、
そのエネルギーの使い方
扱い方にもなじんでいたはず。
富士山や筑波山のようにパワーの強い山岳から流れ出るエネルギーの恩恵にあずかっていた。
これぞ原始力。
富士本宮浅間神社のある静岡の富士宮までは
東京練馬の家から東名高速で約2時間30分。
今年はよく晴れて、
道中はずっと美しい富士を望みながらの心地よいドライブでした。
富士は本当に美人です。
ウチの母方(新潟十日町ですが)の親戚に
富士山写真の第一人者、岡田紅陽さんがいらっしゃいましたが
富士山のことを「フジコ」と呼んで愛していたそうで
さもありなん。
もっとも
眺める場所によっては男らしい雄姿も見せます。
ちなみに浅間神社は富士山を囲むように数社あります。
南西にある富士宮が
(富士宮焼そばがあるところ)
有名ですが、
北東の富士吉田にある浅間神社も格調があります。
静かな雰囲気と純度の高いパワーがほしければ
河口湖畔にある浅間神社は
地元の氏神さまとしても使われておりますが
きりりとしてなかなかに力強い場所。
今年、妻の発案で訪れたのは
富士宮でもより富士山に近いところにある
山宮浅間神社。
ここは浅間神社の元となった古い礼拝スポットで
神社といっても社殿がなく
富士山そのものを拝む形になっています。
ひっそりとした神秘的な雰囲気の中
そこから見える富士の不思議で美しいこと。
ここに礼拝所を設けた古代人、自然をよく見ていますね。
さて富士詣でが終わってから
年末も撮影で訪れた
朝霧高原のカフェ、フェアリーテールに立ち寄りました。
ここは本当に隠れた名スポットというか
美しい場所で
富士山の西側を訪れるなら
立ち寄っていただきたいところです。
360度、牧草地が広がり
東に富士、西ははるか山並みがぐるり囲む
絶景の山小屋風カフェです。
昨年もここは吹雪を晴れに変えてくれましたが
年始も雲のかけらさえ消えた完璧な快晴となり、
やっぱりこの地とは波長があうようで嬉しいです。
残念ながら主人のレイコさん(この方自身のパワーがスゴイのです)は留守で、
留守番をされていた山羊飼いのペーターさんと
日没に紅く染まる富士を眺めながら
和やかなお茶の時間を過ごしました。
結局のところ
正月は賑やかな人混みより
静かなときを過ごしたいということですね。
眼には映らぬパワーを身体に感じながら。
今年のブログは毎週土曜日更新予定です。
あくまで予定です。
Dec 31, 2011
年末
年末年始なんて
1週間に満たない時間だけれど
なにか特別な時のような気がするのは
古来より人間が抱いてきた感情に由来するのだろう。
厳しい冬が終わりを告げて
新たな春を迎える
再生の儀式だ。
西洋ではそれがクリスマスで
ピークは25日。
東洋では正月がピーク。
年越しそばを食べて
除夜の鐘を聞きながら
初詣に誘う。
すべては伝統的な儀式だ。
それは意味なんかじゃなく
ヒトが生きる証しなのだと思う。
うちの会社は
西洋並みにクリスマス休暇で始まり
日本的に正月休みを取る。
かなりゆっくり休めるはずなのに
何故か自分は29日までみっちり仕事をしてしまった。
おかげで
家の中の片づけははかどらず
散らかったままだ。
毎年そんな感じで
来年こそは片づけようと思いながら
すぐ1年が過ぎてしまう。
せめて気分だけでも
浄化されればいいか。
来年は今からわくわくするんです。
なにかいろんな新しいことが起こりそうで。
このブログもまた一新します。
来年もどうぞよろしく。
良いお年を。
Dec 7, 2011
シングル8 改訂
フジカラーの8ミリ、
シングル8のすべてのサービスが終わってしまう。
販売は去年おわり
現像は今年でおわる。 ※後述。
世界でここにしかない
8ミリフィルムだった。
ぼくは
このシングル8で映画をはじめて
小学生の頃からずっと撮り続けてきた。
自分のふるさとがなくなってしまう気分だ。
いや、それ以上か。
ひとつのメディアが消える。
自分には
創作活動の原点であると同時に
現在でもこだわっている
一番の恋人だった。
デジタルビデオや35ミリ映画とはまったく違う
独自の質感のある映画フィルムだった。
メディアにも寿命がある。
いつかはなくなってしまう。
悲しんでもしょうがない。
26年前に
8ミリ(シングル8)がなくなるまで続ける
と宣言したアートムービーのプロジェクトがある。
『惑星TEトLA』という題名で
26年間撮り続けてきた。
その最後の撮影をしよう。
26年前
自分を写した。
いまもう一度、自分を撮る。
編集すれば
26年前の自分と共演できる。
8ミリの奇跡なのだ。
という文をアップしましたが、
その後、ご指摘があり、
(ありがとうございます)
シングル8の現像サービスは2013年まで続くそうです。
誤った情報を書いて申し訳ありません。
ただ、一部フィルムがもう入手できないというのは事実で、
サービスは2年続くとはいえ、
たった1台の老朽化した現像機を必死でメンテしながら稼働させている様子で、
いつそれが壊れてもおかしくない状況です。
絶滅の危機にあるのは間違いない。
ちょっとだけ寿命がのびたといわれただけ。
残りわずかなシングル8の人生を、
どう生きようか。
日々考えています。
Nov 21, 2011
放鷹 2
前々回、放鷹について
素人臭いことを書いてしまいましたが
その後わかったことを補足します。
日本放鷹協会ですが
皇室の鷹匠の流れを組む
というのは本当ですが
「唯一の」と書いたのは誤解を生むかもしれません。
メンバーのひとりで
諏訪流十七代鷹匠の田籠善次郎さんが諏訪流放鷹術保存会を作られて活動されております。
そちらで教えを受けている鷹匠もいるようで
同じ諏訪流鷹匠にもいくつかの流れができているようです。
そして諏訪大社と諏訪流放鷹の関係ですが
やはり平安時代に御射山(みさやま)祭で贄鷹(にえたか)の神事が行われていたようです。
単なる狩りではなく
神に供えるために獲る。
なので大祝の家系であるうちのご先祖さまも間違いなく参加していたと。
仏教が伝来すると、
仏が鷹に化身して害鳥を追い払い
のちに山人に姿をやつし諏訪大社の宮として現れたという逸話にもなり、
諏訪と鷹はかなり深い関係にあるようです。
いや、
日本そのものが鷹とは特別な関係にあった。
そもそも神武天皇の弓に鷹が載る図に象徴されるとおり
鷹は武運を招く神の使いであり
仁徳天皇の世から
すでに鷹狩がしっかり行われていた。
江戸幕府がたくさんのお鷹場を所有していたのは
徳川家康が鷹狩が大好きだったからで
鷹狩文化の最大の功労者ともいわれますが
家康は一説によれば
やはり清和源氏の家系に属する(異説も多い)ともいわれ
すると
天皇家 ― 清和源氏(正確には陽成源氏) ― 諏訪一族(手塚家もここです) ― 鎌倉幕府(源頼朝) ― 江戸幕府(徳川家康)
という流れに鷹がほのかに浮かびます。
鷹は
天皇家のシンボルであり
武運のシンボルでもあり
諏訪一族から源氏にいたる武士のシンボルであり
幕府のシンボルであり
つまりは近代までの日本のシンボルでした。
日本だけではなく
古代エジプトや内陸アジアでも
鷹と人間は特別な関係を築いています。
まさに
人類の歴史の上に鷹が舞っているわけで
そこに鷹狩の奥深さがあります。
Nov 17, 2011
上海蟹
この季節になると
必ず食べずにはいられないのが
上海蟹。
いきつけの上海料理屋が新宿にあって
ここは国内でも古くから上海蟹を入れていた店なのですが
毎週、上海の山の中の湖から獲れたての蟹が生きたまま届きます。
本場でもなかなかお目にかかれない大きさです。
蒸した蟹が紐で縛られたまま出されると、
あつあつの甲羅を手でこじ開けて、
味噌を味わいます。
その味たるや
まさに至高の味です。
生きていてよかった、
生かされていてありがとう、
そんな気持ちが自然に沸き上がります。
ぼくは涙もろい方ではありませんが
食べ物で涙を流したことが幾度かあって
その一度がこの店でした。
いや、
一度じゃないかな。
「味」というものを
学習したのも
この店です。
料理屋は医者よりも身体のことを知っています。
知っていなければなりません。
本当においしいものを食べて
人間は自然の素晴らしさに感謝をします。
上海蟹、どうもありがとう。
Nov 13, 2011
放鷹
朝霞市博物館で
鷹狩の歴史を展示しているのですが
関連イベントとして
放鷹術の実演があるというので行ってきました。
放鷹術とは、俗にいう鷹狩りの技術のことで、
鷹狩りの歴史は4千年くらい前から世界にあるのですが
日本は日本で独自に発達した技があって
いまそれを伝えている唯一の団体が
このイベントに出演した
NPO法人日本放鷹協会
だそうです。
皇室に伝わる技術を残す唯一の鷹匠です。
もちろん本物の鷹狩りは見たことがありませんが、
実演で飛ぶ鷹たちの美しさを見れば
皇室や将軍家が好まれたというのもさもありなん、
実に優雅で繊細で
品のあるものなのか、
よくわかりました。
ところで
こちらの鷹匠さんたちは皇室の鷹匠の流れをくむ
諏訪流ということで
尋ねてみるとやはり信州の諏訪大社から伝わる流派とのこと。
わが手塚家はこの諏訪下社の大祝の家系で
(弓の名人といわれた金刺盛澄の弟が祖先といわれ)
(ということは源氏につながり)
(ということは清和天皇につながる)
諏訪下社あたりでお狩場といえば御射山で、
その御射山の神事でも鷹狩りは奉納されたんじゃないかと想うのですが
下諏訪の史書には
流鏑馬や犬追物は記されていても
放鷹についてはあまり触れられていません。
どうしても信州は馬の歴史が語られるのですが
(木曽にはいまでも純日本馬である木曽駒の牧場がある)
鷹の歴史にも興味が出ました。
そんな貴重な実演がなぜ朝霞かというと
朝霞は江戸将軍のお鷹場だったそうです。
いまも朝霞の富士見町あたりに立てば
それが納得できる景色があります。
ところで
西新宿の都庁のあるあたりも
江戸の頃は鷹場があったようで
鷹狩りからもうひとつの歴史がみえてきますね。
Nov 5, 2011
土偶
栃木県立博物館に
「土偶の世界」展を見に行きました。
土偶や縄文の遺跡を訪ねるのが好きなんです。
地方に旅行に行くと
その土地の縄文遺跡を巡ります。
思わぬ発見やインスピレーションがあるからです。
今回の企画展は日本中の主だった土偶数百点が集められ、
有名な遮光器土偶やミミヅク土偶、
縄文のビーナスなどが一堂に会す様はなかなか圧巻でした。
しかし数百といっても
1万年以上続いた縄文からすれば
わずかな数にすぎません。
そのわずかに触れても
信仰、芸術、生活、遊び が一体化したような
土偶の表現は
やはり日本の感性のルーツなのだな
と実感します。
いまのアニメやマンガ、フィギュアなどの日本文化の一部が
数万年後に発掘されたとき
どう見えるのでしょうか。
高い写実表現ができる民族が
なぜアニメキャラのように抽象化された形を量産したのか
疑問に思うかもしれませんね。

