Tezka Macoto' 6D

プロフィール

1961年東京生まれ。世界でただひとりのヴィジュアリスト。

高校で映画製作を始め、17歳の処女作が日本映像フェスティバルで特別賞を受賞。大島渚に激賛され、以後インディペンデント映画を多数発表。8mm映画『MOMENT』でカルト的な人気を得る。

大学生のときにテレビや雑誌で仕事を始め、ショートホラーのルーツである番組『お茶の子博士のホラーシアター』(「もんもんドラエティ」)が評判になる。また『ねらわれた学園』で俳優としても怪演。
85年、ロックミュージカル映画『星くず兄弟の伝説』で商業監督デビュー。

以降、実験映画から商業作品まで様々な映像製作の傍ら、小説の執筆やイベントの演出、音楽のプロデュースなどを行う。Vシネマの草分けとなった『妖怪天国』を監督し、数々のMTVを演出。黒澤明監督の現場に取材しメイキング・ビデオを撮る一方、開発初期のハイビジョンで東大寺を撮る。

黎明期からデジタル・メディアに接し、生物ソフトのエポックメイキングとなったCD-ROM『TEO~もうひとつの地球』をプロデュース。世界19か国で58万本を売り数々の賞に輝く。
10年を費やした意欲作『白痴』が99年のヴェネチア映画祭でデジタル・アワードを受賞。フランスでも劇場公開される。

93年に自身のオフィス「NEONTETRA」を設立。モデルの橋本麗香らのマネージメントも行った。
また手塚治虫の遺族としても活動を行い、記念館やホームページをプロデュースする。

近年はアニメの監督も行い、テレビアニメ『ブラック・ジャック』は東京アニメアワードの優秀作品賞を受賞。監修を行っているマンガ『PLUTO』(浦沢直樹)がヒットし、数々のマンガ賞に輝く。
最新作は劇映画『ブラックキス』。(2006年)

手塚眞
NEONTETRA

May 13, 2012



のひらに

がある。

どういうことかというと、
手相の頭脳線と感情線が一直線に重なって
生命線のカーブを加えると
「て」の字になっているのだ。
俗に「百握り」という。
天才か狂人の手相らしい。
ならばぼくは狂人のほうだろう。


苗字が手塚なので
手には愛着というか、
身体で一番大切なところだ。

浄瑠璃の『源平布引滝』に手塚の名の由来があり、
いわく
源氏の奥方と子供(後の木曾義仲)をかくまった農家の娘、小万が
平家方の板東武士、斉藤実盛に切られて海に落ちる。
(実は実盛は源氏に想いがあり、旗印が平家に渡るのを防ぐため腕ごと切り捨てたのだ)
旗印を握りしめた腕は浜に流れ着き、
そうとは知らぬ彼女の実子、太郎吉が拾い上げる。
斉藤実盛がそれを知って哀れに思い、
「いずれ育ったお前に討たれよう」
と、その子に手塚太郎と名を与え、武士の位を授ける
という物語だ。

旗印をつかんだ腕を弔うので
「手」の「塚」。

その子は手塚太郎光盛となり、
木曾義仲に加勢して斉藤実盛を討つ。
敵方となった命の恩人を討つという
『源平衰盛記』でも有名なエピソードだが、
真偽のほどはわからない。


家系図によれば
わが家の元は信州、伊那ちかくにある藤澤村の藤澤家であり、
のちに下諏訪の金刺家に入って手塚と名乗る。
金刺家は諏訪大社下社の大祝であり、
地元では神と等しい存在。
源義仲と縁ができて、そこに加勢したのは史実のようだ。


漢文学の権威、白川静氏の研究では
「塚」は生け贄にされた犬の遺骸に土をかぶせた形であり、
単に墓という以上に儀式的な意味があるようである。

「眞」は行き倒れた遺体の形で
そういう死者は呪術的に強い力を持つと思われた。
そこでよくよく弔う必要がでる。
死者は永遠のもので変わらぬことから「真実」という意味がのちに生まれる。

つまり
「手」「塚」「眞」
はすべて呪術的であり
儀式に関係する文字だ。
先祖が諏訪大社の神官だったことを想えば不思議なつながりである。
ぼくの親は知るはずもない。
しかし
かみさまに関わる仕事になると
なにか自分の生業のような幻想があり
愉しい。

祭りがなくとも
神社は子供のころから好きな場所だ。
神前にて手をあわせて祈る。
手のひらがあわさり
「て」の字もぴったりあわさる。
そこに何かが流れる。


映画の仕事を始めたとき
なにかペンネームか仕事上の別名をつけようと考えたことがある。
しかし仲間からは
「手塚」という名が強力すぎるのでそのままがいい
といわれ、
以来、本名でずっときている。
仕事が多岐にわたるので
内容に応じていくつかの名を使いわけよう
とも想ったのだが、
実行できないでいる。
はっきりとした強い名前だ
と自分でも想っている。

08:32

May 6, 2012

つき


つつ、
と山間に昇った
見事な満月が、
石巻市雄勝大須の町並みを照らす。
3年ぶりの例祭だ。
閏年のためにひと月おくれの祭りは
連休と重なり人出が賑わう。

朝から御輿が繰り出して、
港で獅子舞。
それから宮守さん宅で神楽が奉納される。
その、なにもかもが新鮮で
輝いている。

朝の神事はしずしずと
(発声のないように口に紙をくわえた)
行列が八幡神社に集まって
厳かに始まるが、
その後の御輿は絶妙なコントラストで、
荒っぽい。
まるで暴れ馬のように、あっちにこっちに跳ねてはくるくる回る。
港へ出れば海にじゃぶじゃぶと浸かり
担ぎ手は頭まで沈みながら、
しかし御輿は決して濡らさない。
港町だから海で禊ぐわけだ。

晴天の下に荒れ狂う波頭が白銀に光る。
その彼方に鎮座するのは金華山。
浜には津波の痕も生々しく残るが
そこに御輿の飾りがきらきらと美しく輝く。

なんと華麗でいてすさまじく、
深い神秘をたたえた祭りだろう。


雄勝法印神楽のすばらしさは何度も触れた。
湯立ての神事から始まるスタイルは修験の流れと伝えられるが
そこには神道、仏教、道教、さらには古代の原始信仰が見えかくれして
実にスリリングで
目が離せない。
荘厳でいて
ユーモアもあり
かわいらしくもある。

地元で復興したのは本当にめでたい。
現地で見るとやはり格別で、
その歴史的な価値と
洗練された芸術性
おおらかな娯楽性は本当に癖になってしまう。
保存会の皆さんの真摯な熱意がまぶしい。


神楽の後は
またも御輿がひと暴れして
駄々っ子のように戻りたがらず
再び神社に納まったのは
終了予定時刻をはるかに越えた宵闇の中だった。
これら祭りのすべてが終わったところで
満月が出たのだ。
すべてが計算ずくのようだ。

こんな奇跡の一端でも映画に記録できていれば良いのだが。

雄勝はヒトとカミとヤマとウミが祭りでつながる
すてきな日本がある。


きというのは
風情があって美しい反面、
神秘性
妖しさ
憂鬱さ、
悪くとらえれば狂気を表す。

ぼくの資質は太陽なのだが
作家としては月に憧れる。
それで個人の作品は自ずから
月のように憂鬱な様相を帯びて
いささか狂っている。
若い頃に
憂鬱な映画に憧れたせいもある。


8ミリの新作映画
『MOONS』

その名のとおり
月の形をした丸い映画。
そこに毎月、撮った映像がはまる。
映像は断片的で
明確な輪郭を持たず
憂鬱にたゆたう。

うつろいゆく時のように。

いつのまにか
月も姿をくらました。

21:37

Apr 29, 2012

ちいき


ほうに出る仕事が続く。
いまは宮城県石巻市雄勝に来ている。

2年前、
このブログで
「雄勝法印神楽」のことを書いた。
600年の伝統を持つとても個性的かつ貴重な民俗芸能だ。

それが縁で、
震災に遭った雄勝が
神楽を春祭りで復活させる様子を
日本ユネスコ協会からの要請で
映像で記録させていただくことになった。


ほかの地へ出向くと
まずすることは
そこの土地そのものに挨拶することである。
住人はもちろん、
それは守護神社であったり
山だったり海だったり
人知れぬ場所だったりする。
そこに足を踏み入れて
身を浸す。
心を開いて話しかけてみる。
どうぞよろしくお願いします
と語りかける。

なんだか信心深いように聞こえるかもしれないが
別に宗教的な意味はない。
ただ、ヒトもシゼンも、カミサマもトチも同じと思うから。
お世話になるというのに挨拶もなしでは
心地悪い。

雄勝の中心には石峰山というヤマがあり
石神社がある。
この神社はヤマそのものを奉る。
ヤマがご神体なのだ。
その里宮は葉山神社と呼ばれるが、
津波で解体した社の中で
神楽保存会の皆さんにご挨拶していたら
いきなり宮司さんが飛び上がって窓の外をみる。
一同、びっくりして外を覗く。
たしかに見てギョッとした。

そこには、とても大きく美しいニホンカモシカが佇んでいたのだ。


この地域には滅多にはいない。
地元の人も初めてみたという。

ヤマからカミサマが挨拶に降りてきたのだ

すぐにわかった。
つい写真を撮ったが
たしかにカミサマの姿なので
ここに載せることはひかえます。


雄勝は半島そのものが聖域だと想っている。
数百年前に修験者がここを開いた。

羽黒を背に、
金華山を前にして
ここは
ヤマとウミのカミサマが交わる貴重な地だ。
そんな土地だから
カミサマに許されて
はじめて仕事ができるというものだ。


とりあえず撮影しても良いとお許しが出たようである。

21:07

Apr 22, 2012

たましい



ましいを悪魔に売る物語、
『ファウスト』ときくと手塚治虫のマンガで読んだ
という年輩の方がけっこういらっしゃるんじゃないかな。
日本初の
いや
世界でも初の
名作古典文学のマンガ化だ。
ゲーテの難解な戯曲を子供マンガにしてしまった才覚はさすがというしかないが
よほど『ファウスト』には思い入れがあったとみえて
『百物語』
『ネオ・ファウスト』
と三度もマンガにしている。
三度めは絶筆になってしまったが。

ぼくの青春にとってはそれより
『ファントム・オブ・パラダイス』がたましいに響いた。
『ファウスト』と『オペラ座の怪人』を足して現代的なロックミュージカルにしてしまった曲芸のような
ブライアン・デパルマ監督の初期の傑作で
ぼくはこれで映画の勉強をした
というくらいのめり込んだ超大事な作品だ。
自分の青春の映画のベスト3に入る。

その映画で純朴な「怪人」を演じていた
ウィリアム・フィンレイが逝ってしまった、

朋友、三留まゆみから連絡がきた。
お互いに仲のよかった同級生が亡くなったような、
やりきれない切なさ。

いやそれより、
自分の青春に終止符が打たれたような
さびしくやるせない気分におそわれた。

決してスターとか名優という役者ではない。
いや、役者といっていいのか今となってはわからない。
出演作は限られているし、
どれもカルトムービーの類だ。
しかし彼のルックスや芝居は
不思議とぼくのたましいに同調した。

『ファントム…』で演じたウィンスロー・リーチは彼の当たり役という以上に
存在そのものだった。

『ヘルハウス』でロディ・マクドウォールがなりきったフィッシャーと同じく。
映画を越えて、彼らの存在が自分のたましいの励みになっていた。
本人の肉体は滅びても
映画は残る。


ルックスで思い出したけれど
ぼくが心酔するジャズピアニストにスティーブ・キューンがいるけども
『ファントム・オブ・パラダイス』でピアノをひくビル・フィンレイの姿は
キューンの若い頃に瓜ふたつだ。
キューンはまだ健在でもうすぐまたECMから新譜がリリースされる。


しかし、
自分のたましいの同胞がこの世を卒業してしまうのは
取り残されたようで
侘びしい。
去っていかれた悲しさではなく
置いていかれた寂しさかもしれない。

五十音順のショート・エッセイ、
毎週末更新、
というのをはじめてほぼ4ヶ月。
なんとかぎりぎり続いている。

いろいろなことがぎりぎりなのだが
そんな緊張感の中で生きられることにも
感謝しなければならない。

18:10

Apr 14, 2012

ソクーロフ


遅ればせながら
『ヒューゴ 不思議な発明』を観てきた。
マーティン・スコセッシ監督の初の児童向け映画にして3Dということだが
それよりも
メリエスの伝記にのっとった物語ということで
是非みたかった。
メリエスを3Dで描くとはぴったりだと思う。
実際みてみると、メリエスだけではなく
チャップリンやヒッチコック、マルセル・カルネらの古典にも想いを馳せている。
スコセッシ監督から映画へのラブレターといった趣の、いじらしくも豊かな作品だ。
もし映画人ならこの映画がきらいになれるはずがないだろう。
上映中に何度泣いてしまったことか、
眼がすっかりはれてしまった。

メリエスは娯楽映画、芸術映画の始祖である。
その晩年が不遇で、パリの駅の売店で雑貨を売っていたことも知られている。

映画史の最初を飾ったふた組のフランス人
リュミエール兄弟は映画を発明し、
メリエスはスタジオを建て、映画にドラマとファンタジーと美術と娯楽をもたらした。
だから後に
リュミエールはドキュメンタリーの、
メリエスはSF映画の父のようにいわれた。

ぼくは映画をはじめたときに
自分はリュミエールよりメリエスの直系だと信じていた。
いまもそう想っているし、
『ヒューゴ』を観てそれを思い返して、
切なくなった。
美しく感動的な作品だが、
とても感傷的でもある。

もちろん多くの劇映画は感傷的だ。
記憶の中の出来事や
日常で感じている世界を描くことで観客は共感する。
それが感動の根拠だ。

ぼくはこの巨匠の快作に心地よく浸りながら
この感動はどのくらい記憶に残るのだろう
と考えていた。


この対局に
ソクーロフ監督の『ファウスト』がある。
ことばで感動といえば同じだが、
性質はまったく違う。

『ファウスト』は、
特別な感覚を
みたこともない表現でみせた。
その前衛精神に心が震えた。

新しい表現はときとして痛みや不快を伴う。
多くの人は感傷の心地よさを求めるのだから
新しい表現の映画は嫌われたり無視したりする。
ぼくは感傷よりも未知の感覚に惹かれてしまうものだから
『ヒューゴ』の感動が記憶に薄れても
『ファウスト』の体験は残り続けるだろう。

これはソクーロフが自分の実力を越えてしまった奇跡のような作品だ。
監督が実力を越えてしまうことは
映画の場合、まれに起こる。
奇跡を招いているのは監督自身の力ではあるが。

「絵画のようだ」と評した知人がいたが、
古きロシア映画の色彩と
戦前のドイツ映画の美術を想わせる
映像は古いようで新しい。

そしてことごとく観客の予想を覆す映画だ。
『ヒューゴ』は行儀よくそつのない映画だから
観ていて次のショットが読めるし、
期待できるし、
楽しめる。
『ファウスト』はまったく読めない。
意外性の連続だ。

おそろしく知的な迷宮にはまりこんでしまったかのような前半、
悪魔メフィストフェレスよりも不気味な金貸しが登場すると
世界は異様に歪み出す。
原作にある魔術的要素を抑えてはいるが、
映像は十分に神秘的だ。

しかし、なんといってもヒロインのマルガレーテがすごい。
なんというか、演技を越えてしまったような
圧倒的な存在感なのだ。
演じるイゾルデ・ディシャウクの個性なのか
監督の演出なのか。
彼女の出現で、完全にこの映画の虜になった。
まったくおそろしいほどに美しい。

それからの純愛の映像美学といったら、
まさにこの10年で最高の映画美と賞賛できる
至高の芸術であろう。

メリエスの芸術が忘れられないように
『ファウスト』も忘れ難い映画体験を与えてくれた。

実は『ファウスト』はいつか映画化したいと想う戯曲だった。
その想いはしばらくはお預けしよう。

15:11

Apr 8, 2012

せんでん

えー、
いくつか情報を。

まず、ニコニコ動画のイベント「ニコニコ超会議」で
ムービーをやります。
http://nicovideo.jp/

すでにネットに情報が流れていますが

『魔法少女まどか☆マギカ』の実写映画化!

ではなく、

ヲタク落語
『マギカ調べ』という、
まどマギと名作落語『大工調べ』を足したパロディで
ニッポン放送アナの吉田尚記さんがコミケでやったネタを
映画化するという
無謀な企画。

キャスティングがさらに無謀で
(ぼくのアイデアではないですが)
中川翔子がまどか、
松嶋初音がさやか
はいいとして、
西村ひろゆきがほむら
ってそれはありですか?
しかもキュウべえがドワンゴ取締役の夏野剛、
お奉行様に田原総一朗
て反則じゃないですか。
つまり出演者がほぼ全員役者ではないという。

まあしかし、
学生時代に撮っていた映画の出演者は素人だったし、
デビュー作『星くず兄弟の伝説』の主役はミュージシャン、
『白痴』のヒロインたちは映画初出演、
『ブラックキス』にはたくさんの現役モデルが出演、
と、ぼくのキャリアには俳優以外の出演者がたくさんいる。

『妖怪天国』というVシネマでは
手塚治虫、水木しげる、馬場のぼる、楳図かずおに芝居してもらったこともある。
無茶なキャスティングが好きなのかもしれない。
あれも時代劇だった。
こんども舞台は江戸。
さてどうなるか。
ショコタンのまどか、かわいいですよ。
ニコニコ超会議は4月28、29日に幕張メッセで。

ショコタンとの仕事は楽しく、
感慨深いものがあった。
なぜなら、
ぼくは彼女のお父さん(故中川勝彦さん)と仲良くて、
映画に出てもらったこともあるから。
カッちゃんの娘さんなんだ、
と思うとつい顔がゆるむ。
カッちゃんも美人だったけどね。
ちなみに初めて会ったのは『ねらわれた学園』で共演したとき。
あれも薬師丸ひろ子主演のアイドル映画だったっけ。

意外にアイドルに縁があるんですよ。
『おにゃんこ・ザ・ムービー』(おにゃんこクラブ)にもちょい出演しているし、
モーニング娘。とも舞台の仕事あったし。

というわけで、
乃木坂46の2ndシングル「おいでシャンプー」が5月2日にリリースになるが
その映像特典「33人のデート×乃木坂46」の1本を1日で撮った。
33人のメンバーを33人のクリエイターがデートしつつ撮る
という楽しく無茶な企画。
ぼくがデートしたのは中田花奈さん。
富士の樹海深くで謎のデートになった。
演技未経験の中田さんに演技をつける…
そんな仕事ばかり。
http://www.nogizaka46.com/


ここまではアイドル系のネタだが、
映像専門家向けのディープな実験映像の新作上映もある。

『MOONS』
という20分ほどの短編映画。
なぜ実験かというと、8ミリフィルムを暗闇で手探りしながら作る
という
かなりあやしげな映画だから。
やっぱり、8ミリの作品はほっとする。
ふるさとに帰った感じで。

イメージフォーラム・フェスティバル2012で上映される。
http://www.imageforum.co.jp/festival/

4月30日、5月3日に新宿、
6月21日には京都でやります。
ひさしぶりの8ミリ映画はちょっと先祖返りした気分。


せんぞ

また別の宣伝。
『陽だまりの樹』が舞台とNHKドラマになった。
偶然、企画が重なったようだ。
手塚治虫が自分の先祖をモデルに幕末の人間ドラマを描いた骨太の作品。
ということは、自分の先祖の話でもある。

もちろん虚実とりまぜて描かれたマンガだから、
すべてが事実というわけじゃない。
けれどもうちの菩提時には主人公である手塚良庵の墓がちゃんとある。
幕府に仕えた医者で
蘭学を学んだというのは事実で、ぼくの曾祖父にあたり、
実家に肖像画も残っている。

ドラマでは成宮寛貴さんが、
舞台では上川隆也さんがその良庵を演じる。

かつて舞台でその役を演じたのは中井貴一さんだったが、
中井さんとは実は高校の同級生。
奇妙な縁だ。


せいけい

その中井さんも通った母校、
成蹊学園が創立100周年だそうだ。
なかなか私立で100年は少ないだろう。

ぼくは小学校から高校まで通った。
ということは、
小学校の同級生は12年間一緒だったことになる。
数年前に同窓会があって
30年ぶりに皆に会ったのですが
小学校の同級生のほうが不思議とよく覚えていた。
当時からとても美人で憧れていた方にひさしく会い、
はじめて会話らしい会話を交わした。
いまさらだけど
とても嬉しかった。

成蹊は精神を鍛錬する学校だ。
武士の子供を預かる塾のような趣があった。
創立者、中村春二の想いが継承されているのか
朝礼では精神統一の凝念をし、
水泳となれば赤フンドシで泳がされた。
小学校のとき、千葉の海で4キロも泳がされたのが懐かしい。

ぼくは家から1時間以上かけて通っていた。
小学生の足にはこたえたけれど、
精神的に鍛えられて忍耐を学び
良かったと想っている。

04:07

Apr 1, 2012

すし



きな食べもの
たくさんあるが
とりあえずは


すし。


ただ食べる、ということではなくて
すし屋がすき。


カウンターに座って
握りたてをすぐ食す
という
日本独特のマナーがいい。
手で出されたものを
手で口に運ぶ。

だから回転寿司は苦手。
もちろん、その場で握ってももらえるが
あの、工場みたいにぐるぐる動く皿の列で目がまわる。

同様に、テレビがついている店もちょっと苦手。
あれは客に見せているのか、
店の職人がみているのか、
どちらなのだろう。
もし職人のためだとすると、
テレビみながらの仕事なんて
いいショウバイだと思う。


以前、新潟のすし屋に入ったら
すべてあたたかいすしだったのでびっくりした。
そのとき、すしは温度があると初めて気づいた。

本格的なすしになると
ネタに応じて温度も違うらしい。
冷たく握るものもあれば
人肌もある。
もちろん季節や店によっても違う。

すし屋は
気分で変えている。
特別な日のすし、
とにかく食べたいと思ったとき、
なにげない普段使い、
店は違うし、味も違う。


日本通の外国人に
「すし屋ではじめにオーダーするものは?」
とナゾをかけられた。

答えは
「おまかせ」
だそうだ。

まあたしかに、
「おまかせ」にしておけばあれこれ悩まないで済む。
店によっては、「おまかせ」しかないところもある。
すし懐石みたいなフルコースが流行った名残りだろう。
つまみが数点つづき、最後にすしとなるのが一般的だが、
つまみとすしを混ぜながら出すところもある。
連れとゆっくり会話を楽しみたいときは
コースも案外、楽だ。


ひとりのときは自分のペースもあるから
自由に注文できる方がいい。
なにから頼むか。
まさにそこを考えるのが楽しい。

先日読んだ本に、いきなり
「タマゴ、サビぬきで」
と頼んだ客がいたと笑い話があったが
サビはともかく
タマゴはその店の味が出るところなので一理ある。

が、
なかなかタマゴから頼むのは勇気がいる感じがする。
いつか
「シャコ」
から頼んでみたいと思うのだが、
それもちょっと覚悟がいる。

ぼくはコハダがすきなので
コハダをどう使うかで考える。
つまり、前菜使いにするか、
メインディッシュとするか、
締めに持ってくるかで流れが変わる。
コハダで始めて
コハダで締める、
ということもある。

とはいえ
あまり考えすぎるものでもない。
たかが江戸のファーストフードである。
気軽に食べたいものだ。

おやつの時間にフラッと入って、
お茶のみながら2、3個つまんで、出る。
店にとってはうれしくない客かもしれないが
そんなのが粋というものなのだろうか。

01:54

Mar 24, 2012

しごと


仕事は重なるときは重なるものだ。
いま長編映画のプロジェクトが3本と、
制作中のアニメが1本、
それ以外に2つのプロジェクトが進行しているのだけど
さらに加えて3本の映像の新作を作っている。

1本はニコニコ動画のためのムービーで、原作つき。
もちろんニコ動なので、ひと筋縄ではいかない。
ネットムービーとはいえ、映画のベテランスタッフが30人以上働き、
地方ロケあり、エキストラ多数、CGもふんだんに使う。
本編なみの規模だ。
朝6時集合、夜10時解散といったハードなスケジュールが続く。


その合間を縫って、
某アイドルユニットのための短編映像を作っている。
こちらは予算も時間もないので
制作、監督、撮影、編集をひとりでやっている。
スタッフは3人。
1日しか撮影時間がないのだが、こちらも地方ロケだ。
ニコニコ撮影の間で仕上げ。


さらにそのまた隙間で
8ミリの実験映画を作っている。
これはイメージフォーラム・フェスティバル2012で上映する完全な個人作品で、
撮影は1年がかり、
あしかけ3年かけて作っている。
家での作業になるので、つい徹夜になる。

8ミリの独特の質感に
さらに不鮮明さ、不安定さ、不可解さを増幅した映像である。
ゴールデンウィークに上映されます。


で、
そんな間に地方のメーカーさんに出向いてティーチインなどもこなしている。


アイドルからアート、
サブカルから企業仕事まで。
頭の切り替えは必要なし。
幅の広さがヴィジュアリストらしい。

ショーヴェ洞窟

そんな多忙の中でも
どうしても観たい映画があった。
ヘルツォーク監督の3D映画『世界最古の洞窟壁画3D 忘れられた夢の記憶』。
上映終了ぎりぎりで駆けつける。

洞窟壁画に興味があり、
しかもヘルツォーク監督で、
3Dのアート映画とくれば期待しないわけにはいかない。
作品はその期待を大きく上回り、
泣くほど感動した。

世界最古といわれる、
南フランスのショーヴェ洞窟、3万2千年前の壁画を初めてムービーのカメラで捕らえた。

そもそも壁画は平面だし、どうやって3Dで描くのだろう?
と興味を持っていたが、
それはまったく偏見だった。
洞窟壁画は平面ではなく、
立体だったのだ!

それがわかっただけでもこの映画の価値はすこぶる高い。
これまで観た3D映画の中で、
一番3Dたる意味があった。

しかし、それ以上に壁画の美しさ、
その神秘性に震えた。
なんだか、自分の存在理由まで想いを巡らせ、
幾度も涙腺がゆるんだ。

ヘルツォークのドキュメンタリーは何本か観たが、
これは最高の出来だろう。


今年は
『ニーチェの馬』
『ファウスト』
『pina ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』
『世界最古の洞窟壁画』
と、ヨーロッパの巨匠たちによる素晴らしいアートムービーが次々に上映され、
いい年だと想う。
映画はこうでなくてはならない。
と、個人的に想う。

しんかん

新潮文庫から新刊『父・手塚治虫の素顔』が28日に発売されます。

この本は2003年に『天才の息子』という題名で書きおろした本を、
2009年には『「父」手塚治虫の素顔』として再構成し、
さらに見直して今回の文庫になりました。

20世紀の天才と、
天才ではないその息子の記録です。
家庭人としての、ベレー帽をかぶっていない手塚治虫の姿にも触れられます。


ここで、本に書かなかった話をひとつ。

父の没後、自宅の仕事部屋の机の引き出しに
鍵がかかっていることに気づきました。
なにがはいっているのか。
なにか大事なものか、
父の秘密か。

他の家族とも相談して、思い切って開けてみようということなった。
幸いにも鍵はすぐに見つかり、ドキドキしながら開けてみると……


(続きは次回に)

01:37

Mar 17, 2012

さんいちいち


うちの事務所のそばに新しいコンビニができた。

これで徒歩1、2分の圏内に6軒になった。
いくらコンビニエンスといっても多すぎる気がする。
店の種類が違うので競っているのかもしれない。

東日本大震災から1年たち、
被災地はほとんど復興していないのに
都心や他の地域はあいかわらずの充実ぶりだ。
経済危機といいつつも高層ビルが次々に建ち、
街や道路はどんどん新しくなっている。


申し訳ない、

というより
去年の教訓はなんだったのだろう。

日本人は目を覚まして
生活も人生も改めるのではなかったのか。

こころより経済優先、
不便さにクレーム、

そんなことで良かったのか。


震災があってもなくても
いまの日本の社会は過剰すぎる
と想う。
商品があふれたコンビニがまたあふれている。

どこもかしこも情報だらけでうるさいのに
必要な情報は埋没して見えない。

日本中の原発はほぼ稼動が止まり
にも関わらず節電ムードは減って
結局、電力で本当に困窮しているところは都心にはない。
原発賛成か反対かの声もむなしく
無駄な電力を使い放題なのだ。


電力がなくていいとはいわないが
生活はちょっと不便くらいでいい。
ぼくが学生の頃はパソコンもモバイルもなかったけど
気分は決して貧しくなかった。
いまはものや便利さにあふれているけど
社会の気分は豊かとはいえない。


災害は起こってほしくはないが
教訓は残したはずだ。
それは忘れていいことではない。

いまこうして生きていられて家族もいて仲間もいて
お陽さまは明るく照り輝き
鳥たちはさえずり
春の花々が咲き始める。

その幸せに比べれば
不便さや貧しさが、なんだというのだろう。

21:43

Mar 10, 2012

こうよう


今年の映画は『ニーチェの馬』できまりか

と思っていたところにソクーロフ監督の新作『ファウスト』をひと足はやく観てしまって
ひっくりかえった。

この10年に観たあらゆる映画の中で最高の1本。
観終わったあと
震えてしまって落ち着かなかった。
自分の感性にぴったりだったのかもしれない。

悪魔のような映画だ。
ソクーロフは技巧派で聡明だが
これは才能を越えた奇跡。
ヤバい領域に入ってしまった。

まだ一般上映まで間があるので
詳しくは改めて。

ところで
才能を越えた奇跡は
やはり努力の果てに現れる。


父方の先祖の土地、
下諏訪の大社にお参りした帰路、
何気なく立ち寄った富士の忍野八海で
食事をしようと入ったそば屋の座席の横に
偶然にも
「岡田紅陽写真美術館」のポスター。
紅陽さんの顔写真がそこにあった。
見慣れた親しみのある顔つき。
それもそのはず、
母方の、岡田家の顔つきだ。

「父方だけでなく、たまには母方も気にしなさいよ」
といわれたような気分。


母方の本家、岡田は新潟の十日町の名家だ。
紅陽さんのお兄さん、岡田正平さんといえば新潟の民選初の知事で
実業家でも知られた。
母の父親も法律家で、
父の祖父(手塚太郎)の部下だったというつながりがある。

母の母方は岸本家といって
岸本綾夫さんは元・東京市長で、
満州製鉄の社長でもあった。

そういうわけで母方は政治、経済関係が多いが、
俳人や画家も多出している。

写真家となった紅陽さんにも画家の血が流れているのか
その写真は絵のようでもある。
富士山写真のパイオニアであって
最初の富士山写真は17歳のときだそうだ。
いまの千円札の裏に印刷されている逆さ富士のイラストは
紅陽さんの作品をもとに描かれている。
かつての五千円札もそうだった。

千円札を眺めるたびに
「これはうちの血筋なんだよな」
と感慨に浸る。

紅陽さんは富士山を「富士子」と呼んで、生涯の愛人とした。
奥さんが嫉妬するほど想い入れた。

愛人のポートレートと思ってその作品を観ると
また別の感傷もある。


富士山写真こそ努力の賜物だ。
いつでも最高の状態があるわけじゃない。
富士にむかいあう姿勢ということもあるが
奇跡の瞬間はいつ巡ってくるかわからない。
それを狙い、待つだけでもかなりの労力となるだろう。

ましてや今ほど交通が便利ではない戦前に
機材を担いで富士山に行くだけでも大変だったろうと想う。

生涯に40万枚の写真を撮った紅陽さん。
その1枚1枚に愛と努力が潜んでいる。


はじめて立ち寄った「岡田紅陽写真美術館」で
販売していた冊子を開いたら
岡田家の家系図に自分と家内の名前を見つけたときには
冷や水を浴びせられた気分だったが。

14:28