05/30/2009
KYO
京都での撮影が無事におわりました。
天気の良くない週だったので雨が心配でしたが
ちょうど撮影日だけ晴天になりました。
ぼくはかなり強力な 「晴れ男」 なんです。
だいたい地方へゆく仕事では晴れることが多い。
晴れるだけじゃなく、
暑くなる。
最近は、少し雲を足すという小技もできるようになりました。
あまりにピーカンだと、撮影しにくい場合もありますから。
現代映画(現代美術の映画板)の撮影なんですが、
あえて伝統的な由緒ある場所で、
しかも着物での撮影。
コンテンポラリーとトラディショナルのコントラスト。
というより、重なっているのですが。
出演は女優の江口ヒロミさん。
人形みたいな着物姿が
妙にハマってしまう。
彼女もコンテンポラリーからトラッドなドラマまで、
守備範囲が広い。
さすがは TZKブランド の常連です。
撮影後は 林海象監督の店 「私立探偵バー」 で打ち上げ。
隠し部屋があったり、
店員が手品を見せてくれたり、
林監督の遊び心満載の、バー。
いろいろあって、
やっぱり古都は素敵なところです。
05/28/2009
LOCA
今週から来月にかけて
京都
東京
新潟
でロケ撮影があります。
ごく小規模ですが
すべて違う内容です。
ちいさなアート・ムービー
という感じです。
「ごく小規模」というのは、
スタッフ、出演者ふくめて5人から10人くらいをいいます。
ムービーの場合、どうしても人手がいりますから。
本当は1〜2人で できるといいのですけどね。
いずれにしても、現場は和やかでアットホームな感じです。
どの撮影も顔ぶれが違います。
馴染みの俳優を呼んだり、
好きなスタッフをチョイスすることもあれば、
現場で初めて顔を合わせる人もあります。
安心感、新鮮さ、
和みと緊張、
どちらも必要なんです。
地方を飛び回るときにはフットワークの軽さも大切です。
リーズナブルにするためにも。
地方で人材を探すコツは?
その土地の知り合いに連絡して
「誰かいない?」
と尋ねる。
人ヅテに紹介してもらえます。
一方で
インターナショナルな映画の企画といった
大きなスケールの仕事もいくつか抱えています。
実は高校生のときから
そんなやり方をしていました。
大きな規模の作品をやりながら
個人中心の小さな作品を作る。
これは
「映画監督」 と
「映画作家」 もしくは 「映像作家」
の 差 なんです。
実はそのふたつは、微妙に意味が違います。
「映画監督」は文字どおり、たくさんのスタッフや出演者のまとめ役で、
個人の表現ではなくて、
多くの人の考えや気持ちを合わせて整理して映画を作る。
「映画作家」は、むしろ個人の想いや考えを大切に具現化するのです。
同じ映像づくりでも、
考え方も姿勢も違うんです。
ぼくはどちらも好きなので
両方まとめて
「ヴィジュアリスト」
といっているのですが。
05/21/2009
INFO:
あす22日22時から、生放送で
J‐WAVE に出ます。
「RADIO×SPIDER」
って番組です。
最近は展覧会もやってますから
手塚治虫・息子ネタが多かったのですが
明日はひさびさに
「ヴィジュアリスト 手塚眞」
で 出ます。
まあ、同じ人間なんですが。
若いアーティストの人たちと話す番組なので
楽しみです。
今日も若い俳優や、映像関係者とずっと話してました。
人と話して、
人と仕事をするのが好きなんです。
だから映画監督なんですが。
自分の考えだけで何かやりたくないんです。
誤解されてますが
ぼくはアーティストではありませんね。
完全「個」の作品は
苦手です。
どんなに個性的に見えたとしても。
周囲や
世界との関係性が
一番、 大事なんです。
05/20/2009
SIDEWAYS
ジョン・フォックスがロビン・ガスリーとコラボレーションしたCDを出しました。
――恐ろしく限定された話題ですが。
つまりコクトー・ツインズの音でジョンが歌っているという
なんか不思議な、
でもやっぱり夢の中をたゆたうような耽美な世界で
はまりました。
最近、ジョンは積極的なリリースが続いていて、
ソロのプロジェクトによる 「MY LOST CITY」 や、
元ジャパン(!)のスティーブ・ジャンセンらと組んだ 「A SECRET LIFE」 は静謐なアンビエントだったり、
アート色がますます強く出ています。
そのジョンが少し前に出した限定プレミアCDに
『SIDEWAYS』
というアルバムがあって、
「世界は横道にそれてゆく」
という素晴らしい歌詞があります。
横道
というとなんだか無駄な、間違った方向で、
否定的に捉えられるのですが
ぼくは好きだし
大事だと想うんですね。
別のコトバでは
ALTERNATIVE
だと想うんです。
いわゆる
「オルタナ」。
主流に対して 脇道、
流行に対して、 まったく流行りでないモノ。
ぼくは若いときからずっと、
オルタナティブ
だったような気がします。
こだわりが。
マニアとか、オタクとはまた違うんです。
マニアやオタクは、微妙に流行に乗っているんです。
オルタナは、完全に流行や一般的嗜好からハズレている。
だいたい
「ヴィジュアリスト」
なんて肩書きがすでにそうでしょ。
当然、
ぼくの作る映画は、ずっとそうです。
ぼくは、世の中のすべてが一様になっていちゃいけない、
と想う人間です。
突然変異が生物の進化に欠かせないように、
いかに少数であれ、大勢と違うものが混ざっていなければ、
世界は終わってしまう。
問題は、
「正しく」オルタナであることで、
その見極めが難しいですね。
ただ他人と違うこと、
デタラメをすればいい、
ということではない。
そこに意味がなければいけないし、
その意味は理屈ではなくて、
しかし必然でなければならない。
どうすればそれが「正しい」なんてわかるか
って?
「正しく」見極めれば
「正しく」歩める。
すべてが味方してくれるように進むので、わかります。
周りと同じように考え、振る舞える、
だから「正しい」とはいえません。
存在として正しくあるには。
05/12/2009
10
新潟は 十日町市 松之山で
「坂口安吾まつり」
が開催されたので行ってきました。
松之山は安吾の姉が嫁いだ先で、安吾もよく訪れていた土地。
彼が過ごした家がいまは「大棟山美術博物館」として、一般に公開されていますが、
11年前にそこで映画『白痴』を撮影しました。
だからぼくにとっても松之山は思い出深い土地だし、
なによりそこは山の中で、
冬は大雪で道路が閉鎖されてしまう秘境ですが、
それだけ自然が豊かで、
どこを眺めても美しく「日本の景色」です。
安吾まつりでは
息子の綱男さんの愉しい思い出トークやら、
日本各地の安吾顕彰団体の話やら、
自然の中で千賀ゆう子さんによる安吾作品の朗読やら、
2日間にわたって様々な趣向がありましたが、
なにより
暖かい温泉につかり、
おいしい酒と山菜に舌鼓をうつ、
実に有意義な時間を過ごせました。
実はぼくには1/4 十日町の血 が流れています。
というのは、母方の祖父が十日町の出身だからです。
岡 田
という姓で、
十日町の人には馴染みの深い名前。
民選初の県知事が出た家であり、
五千円札に富士山が描かれていますが、
その元になった写真を撮った
岡田紅陽さんは親戚です。
その血のせいなんでしょうか、
ぼくは新潟をひいきにしています。
いや、ぼくがひいきにされているのかな。
今年はその『白痴』の公開から10年で
記念してイベントをしかけようと
新潟の若いヒトビトとミーティングしました。
『白痴』再上映はもちろんのこと、
8mm映画のパフォーマンス上映や
ギャラリーでの作品展示や即興制作、
トークショーやら地元アーティストとのコラボレーションなどなど、
盛りだくさんにプラン中。
新潟市では街をあげて
「水と土の芸術祭」
を7月からやります。
そこでもなにかをやろうと画策しているところです。
こういう素敵な悪だくみしているときが一番楽しいですね。
新潟方面の方はご期待ください。
変わったこと、
やります。
05/09/2009
NEW BOOK
『「父」手塚治虫の素顔』
という本を出しました。
ずいぶん前に出した『天才の息子』を加筆、整理した新刊です。
息子からみた天才の人生。
手塚治虫初心者にもお勧め
と自分でいうのはヘンですが。
むしろ
「もしあなたが天才の子供に生まれたら」
といった内容ですが、
秘蔵写真(ベレーをかぶっていない手塚治虫とか)もたくさん載っていますし、
なにより今回の目玉は
父が書いた息子のエッセイ、そして親子対談が掲載されていること。
息子が書いた親の話と合わせて読めば、
味わい深いものがあります。
こんな形で亡き父親とコミュニケーションをとるとは、思いも寄りませんでしたよ。
作家が2世になるのは珍しいことではありませんが、
マンガ家ではまだほとんどいませんね。
映画監督の2代というのはありますが。
親が画家で息子が映画監督というと、
フランスのルノアールがそうでした。
親がマンガ家で息子がヴィジュアリストというのは、
たぶんここだけでしょう。
そんなことでも、おそらく貴重な本です。
誠文堂新光社より発売中。
05/01/2009
OTSUKARESAMA
業界では、
朝でも 夜でも
「おはようございます」
の挨拶で始まります。
そして
「お疲れさまでした」
で終わる。
そのどちらの目的にも使える
「よろしくお願いします」
という挨拶もあります。
いかにも業界用語なんですが、
海外で仕事をするときに、
「おはようございます」
「よろしくお願いします」
「お疲れさまでした」
にぴったり代わる英語の表現がないので困ります。
単純に訳すれば
“Good Morning”
“Please Do Your Best”
“Thank You For Your Help”
とかでしょうが、
ニュアンスはだいぶ違う。
日本語の挨拶には相手に対する敬意と気遣いがこめられている。
と、同時に双方のカンケイが語られている。
「お疲れさま」
といえば、
「オレは疲れた」
ではなく、
「あなたもわたしもたくさん仕事をしましたね。さぞお疲れになったでしょう。ありがとうございました」
というだけの意味をこめています。
それを
「お疲れさま」
と一言でいえる。
便利です。
もうひとつ、日本語の挨拶には、
たくさんの感謝、
特に神様への敬意がこめられています。
神様といってまずければ、大自然といいましょうか、
宇宙といいましょうか。
たとえば
「いただきます」
「ごちそうさまでした」
は、
“料理を作ってくれたヒト”
“その場に集うみんな”
“農家の方や、食材を育てたり集めたりしたヒトたち”
“食材となってくれた動物や植物”
“それをもたらす自然”
“ヒトを生かしてくれているこの宇宙”
すべてに対する感謝の念がありますね。
これがキリスト教文化だと、
食前のお祈りで感謝するのは
神様オンリーでしょ。
日本て、面白いですよね。
なんか、
いいですね。
だから
業界用語かもしれないけど
「おはようございます」
「お疲れさま」
も、
なかなか捨てたものではない、
と思うんです。

