Tezka Macoto' 6D

プロフィール

1961年東京生まれ。世界でただひとりのヴィジュアリスト。

高校で映画製作を始め、17歳の処女作が日本映像フェスティバルで特別賞を受賞。大島渚に激賛され、以後インディペンデント映画を多数発表。8mm映画『MOMENT』でカルト的な人気を得る。

大学生のときにテレビや雑誌で仕事を始め、ショートホラーのルーツである番組『お茶の子博士のホラーシアター』(「もんもんドラエティ」)が評判になる。また『ねらわれた学園』で俳優としても怪演。
85年、ロックミュージカル映画『星くず兄弟の伝説』で商業監督デビュー。

以降、実験映画から商業作品まで様々な映像製作の傍ら、小説の執筆やイベントの演出、音楽のプロデュースなどを行う。Vシネマの草分けとなった『妖怪天国』を監督し、数々のMTVを演出。黒澤明監督の現場に取材しメイキング・ビデオを撮る一方、開発初期のハイビジョンで東大寺を撮る。

黎明期からデジタル・メディアに接し、生物ソフトのエポックメイキングとなったCD-ROM『TEO~もうひとつの地球』をプロデュース。世界19か国で58万本を売り数々の賞に輝く。
10年を費やした意欲作『白痴』が99年のヴェネチア映画祭でデジタル・アワードを受賞。フランスでも劇場公開される。

93年に自身のオフィス「NEONTETRA」を設立。モデルの橋本麗香らのマネージメントも行った。
また手塚治虫の遺族としても活動を行い、記念館やホームページをプロデュースする。

近年はアニメの監督も行い、テレビアニメ『ブラック・ジャック』は東京アニメアワードの優秀作品賞を受賞。監修を行っているマンガ『PLUTO』(浦沢直樹)がヒットし、数々のマンガ賞に輝く。
最新作は劇映画『ブラックキス』。(2006年)

手塚眞
NEONTETRA

Jun 28, 2010

KAGURA

国立劇場で


雄勝法印神楽


を観ました。


宮城の石巻市に600年伝わる

山岳宗教(山伏)系の神楽です。

全28番あるうち


今回の公演では9曲が舞われました。


土着の素朴な神楽かと思ってみたら

びっくり。

踊りが独特なのはもちろん、

まるで美しい儀式を眺めるような


洗練された身のこなし。

無駄なくキリッとした動きと構成、


演者の凛とした佇まい、

そして深い ・・・というより相当にクレバーな古えの表現。


湯立ての神事からはじまり


二刀はふるうわ


アクロバティックに天井からぶら下がるわ


本物の赤ん坊は出てくるわ


天から大蛇は現れるわ。

ステージ・アートとしても十分楽しめる。


しかしもっとも気に入ったのは


ありがちな仏教説話がなく

ほとんどが日本神話をモチーフにした


自然神秘主義で

さすがは山伏

数秘術や神秘幾何学までも踊りに取り込んでいる

(ように見えた)。


山伏といっても

西とはまた違う


古代日本が息づく

東北の地のマジック(知性)。

さりげない所作や謡いのことばつきにも


そうとうのインテリジェンスを感じてしまい


感動しました。


これはいずれ

全28番をみなくちゃいけない。

最近、


古代日本の

(ということは古代世界の)


知に巡り会えると


胸が熱くなります。


それらは

常識はずれなくらいに

自然だから。

01:01

May 11, 2010

EXPRESSION


「表現」

ということばには

ふたつの意味があります。


自分の個性や考えを主張しようとすること、


自然や世界の奥に秘められた意味を顕そうとすること。


それは


自分の存在を個としてみるか


自然の一部として捉えるか


の違いかもしれません。


ぼくは


できれば後者でありたいと想っています。

「えっ」


と思われるかもしれない。


ぼくの作品は個性的で


自我が強いと見られているかもしれません。


結果はどうあれ


考えは違うのです。


作家は


頭で何かを生み出すより


心で生み出す方がいい。


頭を使うのは


テクニカルな部分の


最期。


まず


心に何が浮かぶか。


それは


とても自然でなければならず


その時、


場所、


条件の中から


見えてくるヴィジョンが大切。


極端な話、


作家は巫女みたいなものなんです。

自然の発するメッセージや意味を


敏感に感じ取って


形にする。


駄目な巫女は


見えてきたヴィジョンに


必要以上に


自分の意見を混ぜすぎてしまう。

すると


せっかくの神秘的メッセージが台無しになることもあります。


自然に何かを生み出したい。


それは


「そのままでなにもしない」


「なにも手を加えない」


ということでは決してなく

「そうせずにはいられない」


意識に逆らわず

「そうなってしまう」


流れに逆らわない。


たとえ意味がわからずとも。


だから


ときとして


自分の表現は


自分の意志ではない場合もあるし


思いもよらないこともある。

若いときは


作品をなんとか自分のものにしようと


あがいてましたね。


いまは


なすがまま


あるがまま


でいいと思っています。

もちろん


その前に


自分が何に向かっているのか


気持ちを落ち着かせて

ゆっくり


想いをめぐらす


時間が必要なのですが。

22:55

Jan 25, 2010

NEANDERTAL

少し前の話題なんですが


5万年前のネアンデルタール人の遺跡から

着色された貝殻のアクセサリーが見つかったんですってね。


本当なら驚きです。

ネアンデルタール人は現在の人間の直接の祖先ではなく

おそらく共通の先祖を持つ

別の種類の人間です。


そして

3万年前に

なぜか

絶滅して地球から消えています。

3万年前にはすでにいまの人間の先祖が暮らしていて

アクセサリーを使うような生活はしていましたが

5万年前にネアンデルタール人と接点があった証拠はありません。


住んでいた地域がちがうのです。


ということは

ネアンデルタール人は独自の文化で

貝のネックレスを持っていたわけです。

学者は

認識票のようなものではないかと推測していますが


少なくとも


美意識と

抽象的な思考と

繊細な技術力と

手先の器用さを持っていなければならず


かなり高度な文化的生活が想像できるのです。

原始人ではないのです。

生物として滅びましたが。


人間の文化


ってなんだろう

と最近考えます。

この5万年間にヒトは文化を進化させたのか。

貝殻のアクセサリーはいまでも作られて売られているわけです。


会社によっては首から認識票を下げているわけです。

それはネアンデルタール人の文化です。

13:05

Aug 2, 2009

AVEBURY

仕事の合間をぬって

ロンドンから電車とバスを乗り継いで


約2時間。

エイブベリーを訪れました。

ここは ストーンヘンジについで有名な巨石の遺跡があります。

というより、

地域一体がそのまま遺跡の中。

様々な時代にいろいろなモニュメントが作られて

そのあとが点在しています。


すべて見る時間はなかったのですが

丘に並ぶ石のアベニューは廃墟といえども美しい。


中でもスゴイのは シルベリーヒル という数十メートルの巨大な人工の山で、

ピラミッドのようでもあり、

事実、エジプトのピラミッドと同じ頃に作られたらしい。

円錐型で、

『未知との遭遇』に出てきたデビルタワーのように

てっぺんが平らになっている。

近づくと急に頭痛がして、身体がフワフワと浮くように感じてきた。

かなり強いエネルギーか、なにかパワーがそこにあるようだ。


スピリチュアル系の観光客が集まって、

山に向かって手を広げ、

ヒーリングしているし。


しかし、

エイブベリーで一番驚いたのは、


ここの名産がミステリーサークルだったこと。

地元では「クロップサークル」と呼ばれる。


畑のどまんなかに、草をなぎ倒すようにして幾何学模様の大きなサークルが描かれる。

誰がなんのためにしているのか謎といわれている。


宇宙人説もあって、そんな映画もあったっけ。

エイブベリーの人々はそれを観光資源にしていて、

サークルの絵はがきや写真集、カレンダーなどが売られている。

それらを見ると、日本にはなかなか情報が入らない

とんでもない模様のミステリーサークルがたくさん写っている。


単純に見ていてきれいなものもたくさんある。

しかも、

それは滅多に見られない珍しい現象などではなく、

当たり前のようによく発見されているのだ。


町のガイドセンターには、

「最近見つかったサークル」

のリストと写真がファイルされていて、


ほんの数日前に発見されたものもいくつか載っていた。

ひと月に4〜5箇はみつかるそうな。


そんなに!?


もちろん自然現象ではない


というのは、

あまりにも具体的なデザインを見れば明らかで、


ナスカの地上絵のように鳥や昆虫が描かれているものもある。

地元でタクシーに乗ったら、

女性の運転手さんは親切にも、最近できたてのクロップサークルに案内してくれた。

「もちろん、人がつくっているのよ」


彼女がいうには、


「去年、優秀なデザイナーが亡くなってね。 だから今年のサークルはいまイチよ」

とのことだった。

サークル制作グループが多数実在するのは本当のようだけど


すべてが彼らの手になるのか、不明。


何百年も前から記録されている現象なだけに。


あと、エイブベリーには丘に描かれた白い馬の遺跡が点在している。

とにかく不思議なものがたくさんある

すてきな土地。

ここを訪れて正解だった


というのは


確実に次のプロジェクトに大事な情報を

直接身体で得ることができたからだ。


すべてがつながってゆく。

あるところに向かって。

03:12

Jul 3, 2009

FAREWELL 80

ピナ・バウシュさんが鬼門にはいってしまいました。


なんだか、

自分の中の80年代が終わった感じがします。

最初の日本公演は、本当に衝撃的で


ぼくは彼女の影響を多分に受けました。

誤解と偏りを承知で


彼女の中に“ヨーロッパ”を見ていました。


ジョン・フォックスのアルバム「ザ・ガーデン」と等しく。

ピナのタンツテアターとタデウシュ・カントールが、

ぼくの中のダンスと演劇の概念を変えた。

彼らを継ぐ人たちがいまいるのか、わかりませんが


彼らのおこなったことは誰にも真似できないでしょう。

M.ジャクソン、ファラ・フォーセット・Mが時代のイコンだとしたら


ピナやローリー・アンダーソンは

ぼくの永遠のアイドルかもしれません。


そして

自分の中の神話でもあり

― もっともぼくに影響を与えたアーティストである ―

ジョン・フォックスさんから展覧会の参加のお誘いを受けました。


7月27日から5日間、

ロンドンのギャラリーに映像作品を出品します。


ジョンに影響を受けたアーティスト、クリエイター、映像作家たちが参加する

DNA

という展覧会です。


http://www.arthertz.com/


そのための新作映像をいま作っています。

これから踏み込む新しい神話のために。

01:10

May 20, 2009

SIDEWAYS

ジョン・フォックスがロビン・ガスリーとコラボレーションしたCDを出しました。


――恐ろしく限定された話題ですが。


つまりコクトー・ツインズの音でジョンが歌っているという

なんか不思議な、

でもやっぱり夢の中をたゆたうような耽美な世界で

はまりました。

最近、ジョンは積極的なリリースが続いていて、

ソロのプロジェクトによる 「MY LOST CITY」 や、

元ジャパン(!)のスティーブ・ジャンセンらと組んだ 「A SECRET LIFE」 は静謐なアンビエントだったり、


アート色がますます強く出ています。


そのジョンが少し前に出した限定プレミアCDに

『SIDEWAYS』
というアルバムがあって、


「世界は横道にそれてゆく」

という素晴らしい歌詞があります。


横道


というとなんだか無駄な、間違った方向で、
否定的に捉えられるのですが


ぼくは好きだし


大事だと想うんですね。

別のコトバでは


ALTERNATIVE


だと想うんです。

いわゆる

「オルタナ」。

主流に対して 脇道、


流行に対して、 まったく流行りでないモノ。

ぼくは若いときからずっと、

オルタナティブ

だったような気がします。


こだわりが。

マニアとか、オタクとはまた違うんです。


マニアやオタクは、微妙に流行に乗っているんです。


オルタナは、完全に流行や一般的嗜好からハズレている。

だいたい

「ヴィジュアリスト」

なんて肩書きがすでにそうでしょ。

当然、

ぼくの作る映画は、ずっとそうです。

ぼくは、世の中のすべてが一様になっていちゃいけない、

と想う人間です。

突然変異が生物の進化に欠かせないように、


いかに少数であれ、大勢と違うものが混ざっていなければ、


世界は終わってしまう。

問題は、

「正しく」オルタナであることで、

その見極めが難しいですね。


ただ他人と違うこと、
デタラメをすればいい、

ということではない。


そこに意味がなければいけないし、

その意味は理屈ではなくて、

しかし必然でなければならない。

どうすればそれが「正しい」なんてわかるか

って?

「正しく」見極めれば

「正しく」歩める。


すべてが味方してくれるように進むので、わかります。

周りと同じように考え、振る舞える、

だから「正しい」とはいえません。


存在として正しくあるには。

03:02

Dec 6, 2008

BUNRAKU

ふと思い立ち、

文楽の公演を観に行きました。


いわゆる 人形浄瑠璃 です。


「いいご趣味ですね」と言われそうですが、


お恥ずかしい話、

実はちゃんと観るのは初めて。


部分的にみたり、映像でみたことはあったのですが、

公演には行ったことがなく

これが文楽デビューになりました。

能、狂言、歌舞伎、雅楽、舞楽、田楽、浪曲など、

伝統芸能はたまに観るのですが、

文楽だけ、なぜか抜けていて。

今回の演目は

『源平布引滝』

で、


なんのことはない

先だって海老蔵が歌舞伎で上演した、同じネタです。


同じネタを歌舞伎と文楽で見比べるのも、なかなかオツなもの。


江戸の作ですが、
成立はどちらが先だったのか、実はハッキリしていません。

浄瑠璃より先に歌舞伎の上演があったそうですが、

はたしてそれが同じ物語だったのか、

手持ちの資料ではわかりません。

いずれにしても、

日本人は人形が好きですね。


女性の仕草の色気、
男の格好よさは、

もしかしたら生身の役者以上かもしれません。

文楽の、ひとつの人形を三人が姿を見せながら操るという

あの形は独特で

世界に例がありません。

なにしろ右手と左手を別の人間が操るのです。


ここにも日本らしいフシギな「かたち」が何かありますね。


もっと観てゆこうと思いました。

13:31

Sep 14, 2008

RIGHT OR LEFT

右か、左か。

それが問題だ。


歌舞伎の花道のず〜っっとルーツは能の橋掛かりで、

それは舞台左に斜めに延びています。

なぜ、左?


橋掛かりの歴史を調べると、

江戸の頃は左後方斜め45度に長く延びていて、

さらに昔は真後ろにあった記録もあります。

山形の春日神社は拝殿の中に舞台があり、その両側に橋掛かりがありました。

そうなると左右は関係なくなるのですが・・・。


ぼくは基本、演出家ですからね。

右から出るか左からか、は大事な勝負どころ。

こうなれば無自覚ではいられない。

気になったので、片っぱしから本を読んでいます。

探すと意外にあるものです。

『右の文化と左の文化』
『自然界における左と右』
『美術における右と左』
『右の不思議?左のナゾ!』
『空間感覚の心理学 左が好き?右が好き?』・・・。


曰く、

日本は古くは右より左が偉かったとか、

右利きが関係あるとか、

右脳左脳にヒミツがあるとか。


右でも左でも、どうでもいいって?


そうはいきません。

朝おきて、右脚から踏み出すか、
左脚か。

それで1日が決まるような。

01:26

Sep 7, 2008

GENJI

新秋九月大歌舞伎で

『源平布引滝』

をやっているので観に行きました。

今は海老蔵の活躍の場となる新橋演舞場です。


演目に、

『義賢最期』

『竹生島遊覧』 (77年ぶり再演)

『実盛物語』
が3つ揃って、

木曾義仲の父・義賢が討たれてから、

その義仲が生まれるまでの逸話を、

かなり大胆なフィクションにアレンジした通し狂言です。


特に『実盛物語』は、

「手塚」の家名の由来が語られる話で、

子供時代の手塚太郎光盛が登場するので、

親近感がわきます。


海老蔵の義賢と実盛が、武士の鏡のようないい男を演じます。


はじめて観たのは15年ほど前で、

その時の実盛はたしか勘九郎(いまの勘三郎)でした。


今回わかったのは、

義仲が江戸時代には意外に好かれた英雄だったこと。

徳川時代はまだ武士らしい姿勢の武士の話が好まれたのでしょう。

義仲が朝敵のように扱われてしまうのは、わりと近年なのですね。


秋には義仲ゆかりの木曽の地をめぐるつもりなので、

なんか今回の公演はタイミング良かったです。


ところで

歌舞伎を観ていると、
日本のマンガやアニメの表現が、なぜ西洋と違うのか、よくわかります。


その話は長くなるので、

またいつか。

22:58

Aug 26, 2008

EFFECT

オリンピックもおわったようですね

結局まったく見なかったのですが

開会式についてはいろいろな意見があったようです。

テレビ中継の花火が(一部だけ)合成画像だったとか、少数民族の服を着ていたのが漢民族の子役だったとか、

歌が口パクだったとか。


ぼくも7年前に「東アジア競技大会」の開会式を演出したことがあるので、

(大阪ドームでやった)

チャン・イーモウ監督が総演出ときくと、人ごとじゃない気がして、

ちょっとコメントしますが。


ぼくが演出したときは花火はやりませんでしたが、

若い歌手の歌はありました。

もちろん、歌って踊れる人を選んで、

本番でも実際に歌ってもらいました。

もっとも、

本番でどんなトラブルがあるか予想はできません。

たとえばマイクの調子が悪いとか、

PAがおかしいとか。

そんなときのために、録音した歌をあらかじめ準備しておくほうがいいですね。

まあ、それも本人に歌わせますが。


あと、宇宙からきたロボットが会場を訪れるビデオ(これはCG)を流して、

その後に着ぐるみのロボットに登場してもらいました。

大人はウソだとわかるはずですが、

子供さんは騙されたかもしれません。


それから引田天功さんのイリュージョンも見せました。


つまり、

かなりウソばっかだったワケです。


とはいえ、

それは「誰でもウソとわかるウソ」
という、

観客との共犯関係でなりたっているショーなんですね。


問題は、

オリンピックの開会式は儀礼なのかショーなのか、

ということにあります。


ショーだとわりきれば、裏側のことはいいっこなしで楽しめばいいのですが。

もっと大胆に「ウソ」をつけば良かったのかもしれません。


中国のエンターティメント産業はおおらかで、なんでもアリなんですよ。

中国市場だけで様々な言語がありますが、

北京語、広東語のニ大言語に関しては、

映画などではどちらも必要になるため、

吹き替えが常識で、

おそらくそういう意味では声と姿が違うというのが中国ではあたりまえで、

ストーリーさえ伝わればいい。


ところが日本はテレビの影響でヤラセだのインチキにうるさい国で、

どちらが国際感覚かというのは難しいところですね。


逆に、

お国がらを知るいい機会になったのかもしれません。

00:06

Jul 22, 2008

SUMMER FES

毎年この季節になると

〈東京の夏〉音楽祭

というのが開かれていて、

クラシックからジャズから伝統芸能まで、

世界中のディープな音楽を紹介しているイベントなのですが、

過去には亡きシュトックハウゼンのコンサートをしたり、ヴードゥー教の儀式をやったりと、

かなり眼が離せない催しで、毎年楽しみにしています。


今年もアマゾンのインディオ“カラジャ族”の芸能があったり、サハラ砂漠の遊牧民“トゥアレグ”の音楽があったりと、かなり濃かったです。


顔にタトゥーの入ったカラジャ族は日本まで5日かかって訪れて、

現地でしか見ることのできないプリミティブな(恐ろしく古そう!)歌とステップを披露してくれました。

手足に張り付けた鳥の羽やら埃が舞って、草月ホールは埃だらけになりました。


アフリカからはるばる来たトゥアレグの人々は、
古くから伝わるオリジナルな楽器に加えて、

エレキギターやウードやガソリン缶なんかを使った音楽で盛り上がりました。

ステージに撒かれた多量の砂の上で踊ったので、草月ホールは砂だらけです。


そして音楽祭のハイライトともいえるのは、

宮崎県の諸塚村から招聘されてきた戸下神楽です。

これぞ珍しい、

神楽といっても神道だけじゃなくて山岳信仰やら道教やらが混ざり混ざった不思議なスタイル。

これも古い。


ステージには舞台となる御神屋が再現され、本格的です。

夜を徹して行われる祭の全編でないにしても、
6時間におよんで演じてくれたのは快挙です。

榊を振り回す踊りのために、草月ホールは葉っぱだらけになりました。

それにしてもこの数日間の濃かったこと。


オーストラリアのマオリ族を研究していたSさんとアマゾンのインディオの芸能みて、

中華料理を食べ、

翌日はサハラの民の音楽に酔いしれてから

トルコ料理を味わい、

次の日はベリーダンスをしているスタッフの結婚パーティへ行って、アラビック・ダブ・ミュージックで踊るベリーダンサーを見物した後で、

チュニジア料理に舌鼓をうち、

今日は九州の神楽を見てから、

稚内から届いた毛ガニをいただきました。


なんだか、毎日まつりのようですね。

これこそ、夏まつりです。

01:38

Mar 20, 2008

SHANGRI‐LA

幼い頃からいろいろなものを見聞きして、

持ち前の好奇心と強い興味から、珍しいものや変わったものをたくさん見てきたので、

もうたいていのことでは驚いたり動じたりはしないのですが、

ヤン・リーピンの『シャングリラ』には本当に驚いた!


いや、驚きました。

まったく予備知識なく、ただの勘で見に行ったステージだったので、驚きも余計です。

雲南の少数民族の伝統的な歌舞をヤン・リーピンが再構築した2時間のステージは、
実際の農村の若者たちがダンサーとして歌い踊り、

一見コンテンポラリーに見えながら、
実は恐ろしく古いアジアの人間の文化を誠実に伝えています。


その内容も質も圧倒的ながら、

なんといってもやはりヤン・リーピン本人のソロが圧巻。

この世のものとは思えない。

人ではないみたい。

完璧な身体の美学。

神の領域。

あまりびっくりして、涙が出て鼻が出て、震えました。


もう中国本土でも彼女は滅多に踊らないみたい。

生きているうちにこんなものを観られるなんて。


いや、実際に絶滅しかけているアジアの古典芸能を、
こういう形で残すという意地と責任感に、

アーティストとしての彼女の姿勢の素晴らしさを感じ、心うたれました。

なんか月並みなことしか書けないのは、まだ興奮が冷めないので。

01:50

Mar 1, 2008

KIRYU

今日は群馬の桐生市に行きました。

まったくこのところ、ウロウロしてますね。


桐生は坂口安吾さんの終焉の地。

で、ここに安吾さんが引越してきたのが2月29日というので、

4年に1回、「安吾引越し記念日」のイベントが開かれています。

ぼくは例の『白痴』撮影でお世話になって、もう10数年も途絶えずここを訪れています。

『白痴』では、安吾ゆかりの地で撮影を行おうと、新潟市、松之山、東京、桐生でロケをしました。

東京以外の土地では地元の皆さんとたくさん交流しましたから、
10年経った今でも親しくさせていただいています。


ぼくは東京生まれでいわゆる「故郷」がないものですから、縁のある地を片っ端から故郷代わりにしてしまっています。


今日のイベントでは、千賀ゆう子さんの安吾エッセイの朗読と、板倉克行さんと下山静香さんによるピアノライブがありました。

もちろん曲目は、安吾ゆかりのサティ。

安吾好きなんて、ちょっとひねくれ者が集って、ひねくれ者の音楽を聴くという、そんな一夜でした。

03:19

Feb 18, 2008

217

2月17日は
坂口安吾さんの命日でした。

毎年開かれている「安吾忌」に、今年も顔をだしました。

安吾さんが亡くなられて54年め。

会も今年で54回。

ぼくは1990年の第35回から出席なので、もう19年は顔を出していることになります。

1、2度欠席しましたが、ほぼ毎年参加しています。

単に『白痴』を映画にしたという縁だけですが。


最初にお邪魔したときはまだ三千代夫人がご存命で、そこから『白痴』映画化の話はスタートしました。

懐かしい。


会場も顔ぶれもだいぶ変わりましたが、

いまは息子さんの綱男さんが中心となって、若い読者の方も加わりながら、穏やかに行われています。


今年はやはり新潟出身の無頼マンガ家、赤塚不二夫さんの長女りえ子さんも出席して、また2世が楽しく揃いました。


最近は安吾カルトクイズというアトラクションがあって、これがかなり難しい。

たとえば「安吾忌に顔を出した三船敏郎さんが映画化したかった安吾の小説は何か」(※1)とか、「安吾が最初に出たラジオの番組名は?」(※2)とか、

知るワケないじゃない!
という質問ばかり。

それでも当てずっぽうでかなり当たって、景品に『白痴』初版本(昭和22年発行)をいただきました。

19年も来つづけていると、いいことあるものです。


逆に、
この10日、安吾の甥に当たる新潟松之山の村山政光さんが亡くなられ、またひとり安吾を知る顔が減ってしまいました。

村山さんは安吾ゆかりの大棟山美術博物館を守ってこられ、

『白痴』撮影の折りもロケに協力してくださったりと、ずいぶんお世話になった方でした。

人望のある、立派な方でした。

ご冥福をお祈りいたします。

※1 答『桜の森の満開の下』
※2 答『世相と風刺』

03:31

Feb 5, 2008

SNOW AND ART

雪の中、横浜まで車を飛ばし、
横浜美術館の「ゴス展」へ行きました。

吉永マサユキさんと、ピュ〜ぴるくんが出展しているので。

古い知り合いが、こんなところで繋がってしまうなんてね。

しかも、ふたりとも自分らしい表現をやり続けていて、

なんか、それがホッとさせるのです。


その後、県民ホールでイスラエルのバットシェバ舞踊団のダンスを観ました。

前回の来日(11年前?)も面白かったっけ。

変わらずオモシロイことやってるんだなあ、
と感心。

新鮮な部分もあり、ちょっと懐かしい部分もあり。


コツコツと、同じ表現を地道に続けてゆくことの大切さ。


ぼくは、すぐ違うことを始めてしまうからなあ。

というよりも、

どんどん違うことが増えてゆく、というか。

ひとつことだけで満足しきれない、

ぜいたくな性格。


いまやりつつある自分の企画を指折り数えようとしたら、

自分の指だけでは足りませんでした。

足を加えても。


身体はひとつなのに。

03:44

Oct 23, 2007

ROBOTS

今日から国立科学博物館で「大ロボット博」が開催されます。

日本中のロボット、アニメから最新マシンまで、それこそアシモやらガンダムやらが一堂に並ぶさまは圧巻です。

意図的にフィクションもリアルも区別せず展示しています。

江戸のからくり人形も工業ロボットも。


日本ではロボットは産業以前に文化なんですね。


ぼくはほんの少し展示のお手伝いをさせてもらいました。

もちろん、『鉄腕アトム』の展示もありますよ。

個人的に好きなページの生原稿です。

このアトムはとってもかわいいのです。

あと珍しいのは『アトム大使』の構想ノートでしょうか。

日本のロボット文化はここから始まったともいうべき、歴史的な一冊。

スペースの関係でたくさん展示できなかったのが残念ですが。

やはり手塚治虫ぬきにはロボットを語れませんものね。


1月27日までやっています。

00:48

Sep 28, 2007

SEASON & ART

なんとか風邪から脱出しました。

ご心配おかけしました。


またまたインフォメーションです。

直前になりますが、

新潟です。


新津美術館で写真家の坂口綱男さんと、アーティストの赤塚りえ子さんと3人でトークショー。

開館10周年記念のイベントです。

9月30日午後6時30分から。

問い合わせは 0250251301 新津美術館へ。
申し込みで見られます。


坂口さんはもちろん安吾さんの、赤塚さんは不二夫さんのご子息。

というわけでこれは2世アーティストのトークショーです。

親の仕事、親とのカンケイがいまの自分にどう影響しているか、三者三様のハナシが聞ける。(はず)

プライベートでも親しい3人ですから、リラックスした本音トークになることでしょう。

坂口安吾さんと赤塚不二夫さんはともに新潟が故郷ですしね。

ぼくは、母方の父親が新潟なんですよ。

十日町。

つまりぼくは新潟とのクオーターです(笑)。


ところで新津はもと「市」だったんですが、新潟市と合併して名前が消えてしまいました。

だから新津美術館は、新潟市の美術館。

でも新潟市にはもともと美術館があったので、いまも新津を名乗っているのです。

ちょい寂しい話ですね。

01:05

Sep 24, 2007

YABUSAME

夜中に青山のクラブでポールダンスみてたと思えば、次には下諏訪で流鏑馬をみてます。

神出鬼没というより、日本の過去といまを行ったり来たり、という感じ。


家内はベリーダンスにハマってますが、ぼくはポールダンス。

いや、正確にはまだハマっているというほどではありませんが、時間のモンダイかもしれず。

諏訪は御柱祭で有名ですが、神柱とポールダンスは文化が違えどやがて日本では意味が接近する予感。

という心理的なつながりでこじつけられたふたつの地ですが。


流鏑馬(やぶさめ)にはすぐハマるかもしれません。

諏訪流鏑馬祭は、今年で3年目。

これは京都の公家流鏑馬と鎌倉の武家流鏑馬の始祖ということで、450年ぶりに再現されたという触れ込みの行事。

そもそも日本最古の神社のひとつ諏訪神社の祭神は軍神であり、大祝だった金刺盛澄(手塚光盛の義兄)は流鏑馬の名手であり、諏訪は古代から狩場として名を馳せていた等の話が積み重なって、神事としての流鏑馬が復活したわけで、とりあえずメデタイ。

まだ町祭りの域を脱していない向きもありますが、そんな微笑ましさも吹き飛ぶのは、やはり生で見る流鏑馬の素晴らしさ。

いや、格好いいこと、美しいこと。

馬上の日本人の、なんと勇壮なこと。

加えて諏訪湖と山々を借景にした湖岸の会場も、いにしえの日本はかくあったかと彷彿させる情緒も感じさせます。

祭は、神太鼓から始まり珍しい長持ちやら木遣りがあり(説明割愛)、剣道の演舞が様々あり、居合抜きなどが奉納され、たっぷり半日堪能できました。

ありがとうございます。

まだ全国区という名の通りはありませんが、年に1度の諏訪流鏑馬祭、ぜひ来年はいらして見てみてください。

と、つひ宣伝してしまうのは、諏訪が次第に生まれ故郷のように感じられているこの頃もあって。

03:21

Sep 2, 2007

50th

50年に一度のデュオダンス。

黒沢美香さんと木佐貫邦子さんがふたりで踊ります。

どういうことかというと、
ふたりは15、6歳の頃から知り合い、共に新人賞など多数受賞し、同じ場所でダンスを学び、その後は別々に日本のコンテンポラリー・ダンス界を人気、実力でリードしてきたのです。
「お互い50歳になったら一緒に踊ろう」とどちらともなく約束し、その日が(本当に)来てしまったのでした。


これはぼくにとってもちょっとした事件で、
黒沢さんは20年前、最初に知り合ったコンテンポラリー・ダンサーで、映画で踊ってもらった。(『PRELUDE』88年)
彼女を紹介してくれた溝口薫さんはもういない。

木佐貫さんはその後にイベントで知り合って、やはり映画に出てもらおうと企画しながらもチャンスとタイミングが合わずに実現しないまま今に至る。

というカンケイのふたり。


そのふたりのダンスを知っていると、「えっ、まさかこのふたりが」と途方に暮れてしまうほど、個性もスタイルも違います。

だからこそ一緒に踊るには数十年という時間が必要で、

それは互いに丸くなるということなんかではなく、互いの尖り具合を認めて立ち向かえる力がついたということ、つまりは自分と周囲が均等に見渡せるようになった証しかもしれません。

(チガウかも。ゴメン)

そして、そのふたりのダンスは、ひどく良かった。

久しぶりに面白いダンスを観ました。

黒沢さんはピョンピョン、跳んだりはねたり転がったり、木佐貫さんはスッとシャキッと伸びているし、
水と油でも、混ざるんですね。

いや、水と油だから良かった。

ダンスの母親のもとで、ふたりの娘が踊る幸福。

いいものが観られて好かった。

19:46

Jul 15, 2007

MODAMU

久しぶりに、東京モダンアート娘(通称モダム)がイベントに出るというので、大雨の中、恵比寿みるくに行きました。

モダムは、手塚眞の言葉を借りれば「アートでも芸能でもない。エロスだ」という感じ。

彼女らはアーティストの集団ですが、アイドルぶりっこしたエロかわ・チョイ悪娘パフォーマンスをやります。

少しユルいのが愛嬌。

最近は犬のように首輪に紐をつけられ、飼い主とお散歩するという妄想系パフォーマンスをしてるみたい。


それにしてもいろんな知り合いいるよなあ。

と、われながら感心します。

01:45

Jul 14, 2007

VODOU

今日もいろいろあって、

午前中は科学博物館でロボット博の打ち合わせ、

午後は音楽誌でビートルズ関係の取材、

夜はヴードゥーの儀式を観に行く。


なんだか、とりとめなくメチャクチャに見えるかもしれませんが、自分の中では筋が通っています。


おそらくダンスや音楽はもともと儀礼から始まっていて、神さまとのコミュニケーションのために、あるいは神さまを讃えて表現するために行われていたことでしょう。

それが歴史の中で変貌を遂げ、近代以降は自分たちのために、愛を歌う音楽家が神さまに代わってポップスターとなる。

人間が偶像(アイドル)になってしまったワケですが、その姿を前に涙し、叫ぶ少女たちはある種のトランス状態にあるので、古代の儀礼と似ていなくもない。

と、ビートルズの映画『ハード・デイズ・ナイト』を久しぶりに観ながら想いました。


人間が生命なき物質に命を降ろす、つまり命を与えるのは、神が人間に命を吹き込んだことを模しているので、ロボットの開発とは未来的な神聖儀式であるのかもしれません。


人類が生まれたアフリカで始まった儀礼が、
現代ではロックミュージックの中にその影を落とし、
未来にはさらにロボットを生み出す。

実に科学には神秘が宿るものです。


それにしてもヴードゥーの儀式は生では初めてみましたが、想っていた以上にアフリカ色が強かった。

おそらく日本では初公開じゃないかしら。

まさか祭壇ごとステージに載せるとは想っていなかったので、
いちいち興味深かった。

司祭がいろいろな精霊を降ろしてました。


ロビーで、フォトジャーナリストの佐藤文則さんに久しぶりにお会いしました。

『ブラックキス』の制作の折りには、ヴードゥーについていろいろお教えいただき、資料をお借りしました。

きっと今日は、日本のヴードゥー業界(なんだそれ)の人はみんな来ていたのでしょうね。

〈東京の夏〉音楽祭の1プログラムでした。

02:17

Jul 13, 2007

STRANGE KINOKO

珍しいキノコ舞踊団の新作『あなたの寝顔をなでてみる。』に行きました。

ごひいきのダンス・カンパニーです。

いま人気で、満席状態。

相変わらずプリティ脱力系ダンスなわけですが、印象が脱力でも、かなりハードな振り付けです。

キノコたちもいつしか筋肉つきましたね。


今回はシンプルかつストレートな内容で、けっこう踊ってました。

ダンス・カンパニーだものな。


古典もスキですが、コンテンポラリーも捨てがたい。

趣味が両極端ですね。

01:23

Jul 1, 2007

CHHAU

セライケラのチョウに行きました。

それは、何でしょう。

またまた、インド祭です。

セライケラは東インドのジャールカンド州にある土地。
そこに伝わる仮面舞踊がチョウです。

もちろん古典舞踊で、もとは寺院の踊り。
だから神さまのためのダンスです。

神話を表現しながら、
動きの基本には武術もある。

技巧的ですが表現はシンプルで洗練されています。
限りなく美しく、素晴らしい。

アジアのあらゆるダンスの技法が見られます。

フラメンコもベリーダンスも。

日本の、伎楽を思わせる仮面、雅楽の足運び、能の摺り足、歌舞伎の見栄に通じるところも。


やはり本物はいいな。
いつもながら、日本にいながらこれが観られるというのがフシギです。


インド祭は、仕切りや段取りに慣れない感はありますが、内容は本当に好いです。


セライケラのチョウはこれから7月いっぱい、各地を巡業するとのこと。

北海道や、東北でもあります。

興味あれば、ぜひ。

00:00

Jun 10, 2007

KATHAK

インド祭で行われている古典舞踊をまた観に行きました。

日印交流年なので、毎月のように行事があります。
ぜいたくなハナシです。

今日は北インドの古典舞踊「カタック」。

これもなかなか珍しい公演です。

大使自らの招聘でインド一の踊り手ショーヴァナ・ナラヤンさんが来日。

前回観たモヒニアッタムとはがらりと変わって、リズミカルで激しい。

カタックは語りと踊りと音楽が融合した表現ですが、めまぐるしい回転と強い足のステップが特徴かな。

どこかイスラムの舞踊やフラメンコにも通じるところが興味深いです。

フラメンコより古いはずですが。
2500年の歴史があります。
逆に、フラメンコの起源に関係あるかも。


もっとも、アジアの古典舞踊は明確に神さまの顕現。

今年は日本にたくさんインドの神さまが来るってことですね。

01:33

May 27, 2007

MOHINIYATTAM

たまに行く「ナタラジ」というインド料理屋でちらしを見つけて、ピンと来て、インド舞踊「モヒニアッタム」の日本公演を観にゆく。

よく知らなかったのですが、モヒニアッタムは南インドのケーララ州の伝統舞踊で、日本ではなかなか本格的なものは紹介されない。

なので、とても貴重な公演だったみたい。

踊りも演奏も素晴らしかった。

90分ひとりで踊り続けたニーナ・プラサドさんは地元では1番の若手ダンサーらしく、実に巧み。

特に最初にステージに出てきた瞬間は本当に神懸っているようで、すさまじいオーラでした。

見慣れないせいもあるのですが、人とは思えなかった。

インドの古い仏像とか、壁画に描かれたヒトみたい。

そう、これは寺院で踊られていた神聖舞踊なのでしょう。

古く、美しく、意味が深く、しっかりしている。


今年は日印交流年だそうで、毎月珍しい来日公演があるみたい。

楽しみです。

01:07

May 13, 2007

ARRT

昨晩も会った、恒松正敏さんの個展を見に立ち寄りました。

会場はいつものギャラリー椿GT2。

今回は新作ではなく、80年代から90年代にかけての初期作品と未発表作。

ひとりのアーティストの歴史につきあうのも興味深いものです。

80年代といえば、恒松さんは画家よりもやはりフリクションでの音楽活動の方が際だっていたから、その陰で(本人には陰じゃないかもしれません)こんな繊細な作品を描いてたんだ。
と想うと、もうひとつの時間がぼんやり見えてきます。


絵画っていいな。
人間が手で描いたものが時を超えて残るもの。

まあ映画も残りますが。
少しちがうかなあ。


そういえば『白痴』のときに恒松さんの作品を劇中で燃やしたんだっけ。

いまでも「勿体ない!」というヒトがいるそうです。
「なにも本当に燃やさなくても、CGとか載せてできたんじゃないの」

まあ、そうやってもできなかないけど。

でもCGじゃ、映画作ってる気がしないでしょ。
燃やすために作ってもらった作品だし。

ムカシ、黒澤明監督がお城を燃やしたときも「勿体ない」と言われてましたが、黒澤監督も
「だって燃やすために作ったんだよ」
と言ってましたね。

別に真似したつもりじゃありませんが。


昨晩のライブで、指を怪我しながらもハードにピアノをプレイしまくったいっちゃん。

作品を燃やされて涙にくれていた恒松さん。

痛みや切なさを知っているアーティストたち。

そんなヒトたちの歴史。


恒松さん個展は今月23日まで、やってます。
http://www.gallery-tsubaki.jp

02:34

Apr 25, 2007

LAKME

昼間は『漫画探偵539』の打ち合わせをし、夜から朝まで8ミリ『2006』の仕上げをするというハードな日々が続いて、
睡眠時間なくついに倒れるか!
というところで8ミリはやっと完成。

間にあった・・・。

なにしろ30日に上映です。
イメージフォーラム・フェステイバルにて。

ところが同じ日が『539』のクランク・イン。

重なるときは、ホントに重なるものです。
自分の新作の上映にも立ち会えない。

しょうがないか。

ひとりで2人分+αくらい生きてるのだし。

こんな状況になるとは知らず、オペラのチケットが買ってあったので、隙間をみて行きました。


ドリーブの『ラクメ』。
日本では80余年ぶりの上演だそうで、珍しい作品です。

しかし、まさか日本でこれが観られるとは想わなかった。
あまり知られたオペラじゃないし。

80年代に『ハンガー』というデビッド・ボウイー主演の風変わりなバンパイア・ムービーがあって、その中で甘美な歌が使われていた。
それがとても気に入って、以来、ずっと観てみたかった幻のオペラです。

今回はスロヴェニア国立マリボール歌劇場の初来日公演。
期待のソプラノは人気上昇中のデジレ・ランカトーレ。

初めて生で観るのが美形のかわいいラクメでよかった。

難アリア『鐘の歌』も端正に歌って絶賛を浴びてましたが、
ぼくは最初に聴いた第1幕の、バラとジャスミンの歌、メゾ・ソプラノとの2重奏がなんといっても良かった。

これが生で聴けただけでも、かなり癒されましたよ。

01:14

Mar 21, 2007

ROUKYOKU

以前、ライブの打ち上げで近くの席にいた女性から「浪曲やりますので見に来てください」とちらしをもらっていたので、聴きにゆきました。

実は浪曲を生で聴くのは初めて。
聴いたことがないので、こういう機会を利用しなくちゃ。

しかし、なんで聴かなきゃならないのか。

わからないから、こういう衝動には逆らえないんです。


春野恵子さんという若い(そして美しい!)曲師のお披露目ライブ。

演芸場ではなく小さなライブハウスで、三味線の伴奏とふたりだけのステージ。
ある意味、新鮮。


演目は『出世太閤記』と『番町皿屋敷』の2席。
『皿屋敷』はコワイ場面ではなく、その前の純愛の部分で、なかなか聴かせる。
(といってもなんせ初めてだから比較しようがないけど)
どこで拍手を入れるとか、そんな通なことはワカラナイ。

わからないから、また聴きに行こうと想いました。


実はその前に上野にダ・ヴィンチの『受胎告知』を見に行っていた。
絵は美しかったが、やはり謎めいていた。


ダ・ヴィンチと浪曲。
これぞ、ロウキョクタン。

・・・おそまつ。

01:05