May 8, 2008
PLANNING
企画を考えるのは好きです。
もし映画作りであれば、ここが一番楽しいところです。
目的に合わせて頭の中にあれこれイメージを探り、それを結びつけて形にする。
ぼくは企画書を書くのは好きなんです。
もっとも、その通りに実現することは万にひとつくらいですけどね。
企画が進み始めたところから、作る苦しみもスタートするわけです。
その後は、完成するまで、ほとんど嫌なことばかり。
苦しみのために企画してるようなモノですね。
でも創造とはそういうものなんです。
ひさしぶりにCMの企画・制作を頼まれました。
ワクワクします。
CMとかPVは大好き。
いつでも歓迎なのですが、
なぜか
「やらない」
と思われています。
「ギャラが高いんじゃないの?」とか。
そんなことありません。常識的です。
お金がいくらということよりも、作ることが大事なので。
自分でいうと変ですが、ぼくはCMに向いていると思います。
ぼくの映画を見てそういう人がいますが、
映像がどうということより、相手の要望を具体的な企画にするのが楽しいのです。
たいていの場合、相手(依頼主)は映像作りのプロではありません。
ですから要望をうまく言葉やイメージにできません。
そのためにぼくら専門家がいるわけです。
相手のアタマの中にある漠然とした要望を、うまく聞き出す必要があります。
そのコツは、
相手が最初に口に出したことば、
はじめにたまたま例えたものがヒントになります。
理屈や意味じゃなくて、ストレートなイメージですから、
案外そこに企画の「コア」が隠れています。
ただ、注文は常に流動的でもあります。
人は誰でも気がうつろいますから。
企画を立てる難しさはそこでしょうか。
別の方が1年間抱えてきた企画を引き継いで、実質3日で頭からやりなおしたところです。
見極めは早いんです。
ここからがタイヘンなんですが。
Apr 28, 2008
KIREI
新潟での岡野玲子トークショーは無事におわりました。
ちょっと意外だったのは、
岡野がパフォーマンスも交えてひとりで2時間しゃべりまくったこと。
こんなのはじめてじゃないかな?
そんなこと滅多にはなく、
雨でも降るんじゃないか
と思っていたら案の定、おわったらドシャ降りになりました。
でも見に来れた方には(話の内容も含めて)貴重な機会になったことでしょう。
ところで。
新潟には15年以上も、毎年必ずでかけるくらいですが、
それでもまだまだ知らないことがたくさんあって、
今回も新たに3つの発見がありました。
まず、
「ガタケット」。
って、なに?
と思うでしょう。
イベントの打ち上げにガタケットの関係者が来ます、
といわれて思わず
「それ、なんですか?」
って聞いちゃいました。
マンガ同人誌界用語で、「にいがたコミックマーケット」の略称。
だそうです。
いわゆる「コミケ」の新潟版ですね。
スミマセン、ぼくは同人誌界はまったく知らなくて、ウトいのです。
実はコミケも一度も行ったことがない。
新潟はマンガ大賞(10年め)があったり、マンガ文化は盛んなんですね。
でも15年もしょっちゅう新潟に顔を出しているのに、いままで接点なかったなあ。
不思議なことに。
ふたつめの発見。
新潟名物「ぽっぽ焼き」。
というのは、お祭りなんかの屋台で売っている駄菓子だがね。
これも初めて食べました。
細長いカステラみたいな。
モチモチしていて、フシギな食感にハマる味。
なんで「ぽっぽ焼き」というのか、誰か知ってますか?
新潟だけにしかなくて、しかも上越にはないらしい。
古町の先に白山神社があって、お参りに寄ったついでに境内で売っていたのを買って、隣接する白山公園を散歩しながら食べました。
園内にいるハトやカラスや池のコイも、これを食べます。
ヒトとハトとカラスとスズメとコイが仲良くぽっぽ焼きを食べている情景は、なんか和やかで好いものです〜。
その3。
東堀通りに見つけた台湾茶芸店。
その名も「キレイ茶芸館」。
台湾の方がやっている、家庭的ですが本格的なお茶の店。
女性店長は台湾に茶畑も持っていて、けっこうな種類の茶葉を安く入れています。
ウチは台湾の茶(いわゆる中国茶ですが)をよく飲むので、こういう店は重宝します。
それにしてもこの店名は・・・
と思っていたら、店長のお名前がズバリ「キレイ(綺綾)」さんでした。
もちろん、キレイな方です。
近所にはぼくの映画を手伝ってくれた、木村さんの秘密基地があります。
「秘密基地」というのは店名で、ヘアサロンです。
ひとりでやっている店長の通称が「木村さん」。
ね、新潟ってオモシロイでしょ。
Apr 15, 2008
TOCHOU
仕事の合間に時間があると、都庁に行きます。
展望室に上がるのです。
地上45階。
直通エレベーターで50秒。
無料で上がれます。
展望室は北と南にそれぞれあって、
ふだんは比較的静かな南棟に行くのですが、
今日はその南側が休みなので、賑やかな北側に上がりました。
どちらも喫茶コーナーでお茶をしながら、東京が一望できます。
北側は、夜はバーになり、カウンターで夜景を見ながらグラスを傾ける。
といっても決してお洒落じゃない。
週末や休日でなければ、案外空いているんです。
ぼんやり考え事をするには最適な、お気に入りの場所。
なぜか昔から、西新宿が好きでした。
いま自分のオフィスも西新宿のすぐ隣にあるし、
副都心が舞台になった映画を撮ったこともあります。
このあたりを散歩するのも好き。
摩天楼とその下に広がる無機質なオフィス空間。
猥雑な商店街。
外国人観光客のざわめき。
迷路のような地下道。
冷たい無秩序。
都庁の上から眺めれば、東京は瓦礫の荒野。
現代アートのようなコンクリの大草原。
はるか商業ビルから立ち昇る多量の煙。
火事だろうか。
現実感がなく、
まるで別世界から見おろしている感じ。
仕事の疲れもストレスも地上に捨て去って、
身軽に上がる天上のオアシス。
昨晩観ていた『タワーリング・インフェルノ』を思い出しながら。
またここで、映画を撮ろうと想っているのです。
Mar 30, 2008
MATSUNOYAMA
新潟の山間にある松之山は、県内有数の豪雪地域です。
1年半ぶりに訪れると、まだ積雪2メートル。
ちらほら、みぞれが降ります。
東京は桜が満開だというのに。
それでも、10数年前にはじめて来たときには4メートル近く積もっていたのですから、
やっぱり雪は減りました。
いまは合併して十日町市になりましたが、
元町長として地域に数々の功績を残された村山政光さんがこの2月に他界されて、
偲ぶ会が催されたので、でかけました。
政光さんは村山家31代当主。
一代30年と計算しても、およそ900年ほど続く家柄で、
また、坂口安吾さんの甥にも当たります。
安吾さんも滞在したという古い庄屋造りの実家を、大棟山美術博物館として公開されるなど、地元文化にも寄与されましたが、
まさにその場所をお借りして『白痴』の撮影をしたのが10年前。
700年前に建てられたとも言われる趣ある屋敷に恒松正敏さんの美術を持ち込んで、特殊な部屋を作り出しましたが、
実際に原作者が住んだ空間を使わせていただけたのは特別な計らい。
すべて村山さんのおかげです。
新潟市さえ協力に難色を示していた当初に、
異郷の若者を気持ちよく受け入れ、暖かく迎えていただけた村山さんの心の広さ、器の大きさに、
まさに町を治める人間はかくあるべきと、感じいりました。
形式をきらい、お酒がお好きで、孫の歳ほどの相手とも親しく杯を交わし、
その飾らない人柄が他者を魅き付け、
文化人らしい粋な姿勢が素敵な紳士でした。
いまでも感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
安らかにお休みください。
と、杯を重ねた一夜でした。
Feb 25, 2008
L ANGELS
出張でロサンゼルスまで。
映画のミーティングなんですが、
飛行機で10時間近くかけて行って、
空港からすぐに相手オフィスへ。
そこで正味3時間のミーティングをして、会食をして、
ホテルで休み、
翌朝すぐにまた飛行場へ。
というあわただしいスケジュール。
アメリカまで行っても、空港とオフィスとホテルだけ。
なんだかビジネスマン〜 って感じですね。
飛行機は往復で2回、日付変更線を越えるので、
1泊3日になっちゃいます。
時差もなにも、どこまでが1日なんだか、ワケわかりません。
いずれ飛行技術が発達すれば、アメリカ日帰りも可能なのでしょうか。
いや、身体がついていかないかも。
体内時計がメチャクチャになります。
それよりネット会議ではどうか って?
しかしクリエイティブなミーティングには不向きです。
時に映画のように、人間が「気」を通じ合わせる「場」が必要なときはなおさら。
だからこの3日間が無駄とは想いません。
スタッフ交えて会食だって必要です。
お互いの眼を見て握手する。
ごはん食べて雑談する。
ここから人の関係は始まり、ものが生まれます。
もっとも、日本ではあまり握手しませんね。
どちらかといえば名刺交換してお辞儀、みたいな。
いずれにしても、立体映像やバーチャル・トリップが発達しても代えられない経験です。
それにしても、たった1日でもやはりアメリカの大きさには圧倒させられます。
途方もなく、途方に暮れる。
こんなに物質が豊富でも、何かがたりない。
日本はちいさくて質素だけれども、心は豊かだと想うな。
想像で様々なものが補えるし。
帰ってきて、とりあえずお米のごはんとおかずを食べる。
やっぱり、日本はいいな。
ごはんがフツウにおいしいもの。
たった1日の渡米でも、そう感じてしまいます。
Dec 22, 2007
SPMANTE
週末はやっと休めるので、温泉に。
最近、耳鳴りが酷くて、よほど疲れているようなので、身体を癒します。
湖畔の宿が取れたので、クリスマスも近いし、せっかくだからシャンパンが飲みたいな。
よもやないだろうと思いながら、シャンパンありますか? と宿のヒト尋ねると「ハーフボトルならご用意できます」との答え。
なかなか気がきいている宿じゃないですか。
銘柄は何かな。
モエかヴーヴクリコあたりかな。
などと楽しい想像をする反面、
よもやシャンメリーじゃあるまいな、と一抹の不安もよぎります。
昔はシャンメリーをシャンパンと偽って飲んでいた家庭が多かったですね。
あれは甘くて最悪でした。
この宿は部屋も広くて静かで快適。
大浴場もふたつあるし、部屋に露天もある。
窓の外には初雪が舞ってきました。
お膳立ては揃った、という感じで湯に浸かり、食事を待ちます。
久しぶりのシャンパンなので、ビールも我慢していると、
いよいよ食事の時間になって、仲居さんが「ご注文のシャンパンです」と持ってきたものは。
ASTI SPMANTE とイタリア語のラベルが・・・ 。
これはシャンパンではありません。
スプマンテです。
スパークリングワインとシャンパンを混同してます。
しかも、甘い。
メチャクチャ甘い。
このスプマンテは。
料理にも合わないし。
しまった〜。
まだまだ地方はシャンメリー的な世界が残っているのでした。
湯はいいのだけどね。
Aug 16, 2007
SUWA 2
そして花火は聞きしに勝るものスゴさでした。
いろいろな花火大会みたけれど、質と量では全国で1、2を争うかも。
これは諏訪湖という立地の勝利でしょう。
かなり至近距離で大きな花火が上げられる。
2時間強。
これでもか、というほど徹底的に見せます。
湖上に半球を描く水上花火もたっぷり。
間近で観ていると音がまたスゴイ。
距離が近いせいか、ドンと身体に響く。
特に40数年ぶりに上げたという7号玉の巨大さといったら、しかも湖上で同時に水上花火も開く。
ぜいたくなことです。
諏訪は大社があるので、土地そのものが神域というか。
祭りがそのまま神事になります。
そこに参加できる悦びは、陶酔の極みです。
翌、今日はさらに神域ふかく、霧ヶ峰の中心、車山に居ます。
ここは縄文の太古から聖域で、神秘の鉱石、黒曜石がごろごろ採れる。
信州はかなりあなどれません。
古く、深い。
ここを訪れると、ホッとします。
Aug 15, 2007
SUWA
先祖の関係で諏訪湖の花火大会にきました。
今年は天気も好くて、最高の日よりです。
「手塚の者、よく帰ってきたな」
と、諏訪が歓迎してくれています。
やはりウチはもともと諏訪の城主の者です。
今日実感しました。
Jun 30, 2007
HUTTE
霧ヶ峰の山小屋「コロボックル・ヒュッテ」で手塚宗求さんに出会いました。
手塚さんは松本の出身で、この山小屋にもう50年も暮らしている。
標高1800メートル。
かなり観光地化されたとはいえ、まだ十分に自然を残す美しい山地に、手塚さんの小屋はひっそりと建っています。
そこを訪れたのは、ほんの偶然でした。
長い山小屋生活を、手塚さんは自然と共に生き、詩や随筆を書いて、何冊も本を出されています。
その本を読んで彼の生き方に憧れて、同じように山を目指したヒトも多かったみたい。
ぼくはただの観光客だから、会話もなく立ち去りましたが。
なにもなく、欲もなく、純粋に生きることは、それはそれで素敵な人生かもしれない。
ところ変わって、次には東京のド真ん中。
友人たちがイベントに出るというので、滅多に足を向けない六本木のバーに行きました。
インド系のイベントだったのですが、現代的でかなりヒップ。
客の半分が外国人。
とはいえ。
その俗っぽさと喧噪を、静かな山と比較するつもりはありません。
いろいろな生きる場所があり、いろいろな人の時間がある。
そこを横断できるのも、ひとつの生きる喜びです。
もっとも、
六本木より霧ヶ峰の方が美しいし、ずっと好きですが。
Jun 25, 2007
MINATOYA
先祖の地、下諏訪をまた訪れました。
宿は老舗の「みなとや旅館」。
旅籠の佇まいそのまま残す、古風な宿です。
「江戸なんていっても、祖父は本物の武士だったから」と、女将さんはおっしゃる。
いにしえの旅籠はかくありきという感じで、到着すると順番に湯につかり、暖まったところですぐ食事となり、終われば後は眠るだけ。
何里も歩いて山越えしてきた旅人が疲れを癒し、身体を休めるところ。
最近の観光旅館みたいによけいな施設があったり、客のご機嫌取りでガサガサしていません。
頑固に、何もない。
洗面所は共同で、部屋に鍵はなく、売店すらありません。
1日に3組しか泊められないこの宿の名物は、ただひとつきりのお風呂。
順に貸しきりで使う。
こぎれいな庭先の東屋に、桧の露天がぽつり。
内風呂なし!
「綿の湯」という温泉を源泉からひいているのですが、この湯が絶品です。
クリスタルな透明感あり、臭いはなく、文字通り綿のようにやわらかく身体を包んで暖めてくれる。
庭のなまこ壁の土蔵を見ながら、木々の香りが心を静め、
夜は月明かりや星に照らされ、天上の気分です。
そして食事がまたスゴイ。
大皿にたっぷり盛られた馬刺し(!)を中心に、山菜やら湖の魚の小皿が並び、そこに混ざって、イナゴ、ザザ虫、ハチノコ・・・。
ふつうの旅館食に慣れた身にはかなり新鮮。
というか衝撃なのは、
その味。
ここの馬刺しは、極上のトロより柔らかく、口に入れるとスッと溶ける。
おいしい水の如く、クセなく匂いなく、いくらでも食べられる。
いや、驚きました。
そして名も知れぬ山菜の旨味といったら。
まるで肉のよう。
さらに、虫がウマイのには驚き。
虫嫌いのエロミさんにはぜぇったい無理でしょう。
イナゴは前から食べてますが、ザザ虫とハチノコは初。
クセになりそう。
女将は「一応、スローフードよ」なんておっしゃるが、そんなヤワなもんじゃありません。
強烈に、身体に力つくメニュー。
馬や魚がやさしくやわらかく、山菜や虫に旨味があって強い。
これが元来の信州の味なのか。
と想わせます。
武士や旅人の心を癒し、身体を造る。
いや、これこそかつての日本か。
透明感。
飾らず、質素にして、無駄がない。
それでいて芯はしっかり強く、
気を遣いながらもプライドがある。
こういうの、なんて言葉でいえばいいのでしょう。
これが日本の、日本人の本来の有り様かな。
と想い巡らされました。
子供たちには、こういう感性を覚えてほしいな。
とまで想わせる宿でしたよ。
かわいい子には旅をさせろ。
なるほど、こういうことか、と。
Mar 27, 2007
KOWLOON
香港は九龍に泊まる。
しかし忙しいとは前置きしたものの、本当に慌ただしかった。
来年の手塚治虫生誕80年を記念して、香港ではひと足はやく、地下鉄とショッピングセンターで大々的に展開したキャンペーン。
宝塚の手塚治虫記念館を模したミニ展示室も設けられて、なかなかの規模です。
4月いっぱいやってます。
その開会式のセレモニーに出席するための来港だったんですが、もう畳み掛けるような取材責め。
グループ取材2回とテレビの取材も含めて、次から次へと香港のほとんどのメディアが来たといっても過言じゃない感じ。
当然翌日の新聞各誌は派手に記事で埋まってました。
それだけ手塚治虫の人気が絶大だという証ですが、
加えてゲストに駆けつけてくれた俳優の鄭伊健(イーキン・チェン)さんが話題のヒトでもあったため。
彼は自分で監督をして『ブラック・ジャック』の映画をやるのが夢なのだって。
ちなみにアニメの『BJ』も香港ではまだ放送中。
ところで2泊のこの出張がどんなに忙しかったかといえば、香港滞在中に使ったお金の総額がなんと、20元。
日本円にして300円。
はあ?
さ、300円ですよ。
3万円でも3千円でもなく。
つまり、食事は飛行機の中で済ませ、空港には迎えの車が来ていて、ホテルへ着くとすぐに打ち合わせで深夜まで。
翌朝、迎えが来て会場に行き、開会式を挟んで夜まで目一杯取材。
昼食と飲み物は主催者持ちで、夜はそのまま打ち上げ。
疲れたのでホテルに戻ると爆睡し、翌朝も取材があって、そのまま空港へ向かい、また機内食を食べて帰ってきたという。
観光も散歩もな〜んにもなし。
空港〜ホテル〜会場だけ。
(T_T)
仕事だから、しょうがないか。
300円は何かといえば、ホテルで使ったチップでした。
Mar 24, 2007
HONG KONG
今日は香港です。
いつもいきなりです。
地下鉄のイベントで手塚治虫のキャラクターを使うという。
そのセレモニーに顔だします。
香港はとてもひさしぶり。
むかしミュージック・ビデオを撮りに来て以来。
その頃はまだ九龍城もあって、街自体が猥雑で怪しい魅力があったっけ。
そんな街のド真ん中でゲリラ撮影やったり、廃車燃やしたり。
やってる無茶はいまと一緒かあ。
(>_<)
今回はVIPで呼ばれて行くので、そんな無茶はできません。
取材ぎっしり。
遊ぶヒマもなし。
せっかくの香港だけに、ちょい残念。
Feb 5, 2007
SIMO−SUWA
中央道の諏訪湖サービスエリアには、なんと温泉がある。
ちょいバカにしてたけど、眼下に壮麗な諏訪湖を眺めての湯は気持ちいいかもしれない。
しかし入口まで行って決心がつかなかったのは、こんなところで寛いでしまっては運転して帰るのがイヤになっちゃうかも、と想ったから・・・。
立春の日を下諏訪で過ごしました。
アルプスに囲まれた小さな宿場町だけど、昔ながらの気風が静かに満ちていて、日本らしい佇まいが残る。
こういう町は好き。
町の人たちとも、すぐ顔見知りになれそうな。
泊まったのは諏訪の杜の隣、甲州街道と中山道が出会った追分にある、いにしえの本陣がいまは温泉旅館になっていて、良心的な価格で心尽くしのサービスが受けられる。
湯も柔らかく上質。
かつては将軍家、皇室も御用達の館で、当時の部屋もそのまま残っている。
明治以降は島崎藤村、芥川龍之介ら文豪がよく滞在していた様子。
ここ、なかなか気に入りました。
今日は風も冷たく寒かったけど、諏訪湖の向こうにきれいな富士ものぞいて絶景。
先祖を探し訪ねる旅で、素敵な巡り合わせがあると、なんだか導かれているような気分で心が安らかに弾む。
これからの趣味にいいんじゃないかな。
自分探しじゃなくって、先祖探しの旅。
流行るかな〜。
その前にハイウェイ温泉入れよ って?
こ、こんどね。

