Tezka Macoto' 6D

プロフィール

1961年東京生まれ。世界でただひとりのヴィジュアリスト。

高校で映画製作を始め、17歳の処女作が日本映像フェスティバルで特別賞を受賞。大島渚に激賛され、以後インディペンデント映画を多数発表。8mm映画『MOMENT』でカルト的な人気を得る。

大学生のときにテレビや雑誌で仕事を始め、ショートホラーのルーツである番組『お茶の子博士のホラーシアター』(「もんもんドラエティ」)が評判になる。また『ねらわれた学園』で俳優としても怪演。
85年、ロックミュージカル映画『星くず兄弟の伝説』で商業監督デビュー。

以降、実験映画から商業作品まで様々な映像製作の傍ら、小説の執筆やイベントの演出、音楽のプロデュースなどを行う。Vシネマの草分けとなった『妖怪天国』を監督し、数々のMTVを演出。黒澤明監督の現場に取材しメイキング・ビデオを撮る一方、開発初期のハイビジョンで東大寺を撮る。

黎明期からデジタル・メディアに接し、生物ソフトのエポックメイキングとなったCD-ROM『TEO~もうひとつの地球』をプロデュース。世界19か国で58万本を売り数々の賞に輝く。
10年を費やした意欲作『白痴』が99年のヴェネチア映画祭でデジタル・アワードを受賞。フランスでも劇場公開される。

93年に自身のオフィス「NEONTETRA」を設立。モデルの橋本麗香らのマネージメントも行った。
また手塚治虫の遺族としても活動を行い、記念館やホームページをプロデュースする。

近年はアニメの監督も行い、テレビアニメ『ブラック・ジャック』は東京アニメアワードの優秀作品賞を受賞。監修を行っているマンガ『PLUTO』(浦沢直樹)がヒットし、数々のマンガ賞に輝く。
最新作は劇映画『ブラックキス』。(2006年)

手塚眞
NEONTETRA

May 7, 2013

ENERGY

三たび、
宮城県の雄勝の祭を訪れましたが
今回は東京から日帰りドライブ。

つまり
一日で千キロ運転したことになります。

ほぼ12時間は走っていましたね。
トラックなみです。


今回の祭が行われた
立浜地区は
一昨年の津波で壊滅した町。

二軒を除いて家屋はすべて流されました。


誰もいない浜に、全国からのボランティアが集まって

なんとか祭を復活させたのです。


人のいない町で祭をやってどうなる
と思われるかもしれませんが、

このような漁村では
祭の復活が
町の復興に直結する
エネルギーを生むのです。


伝統通り
神社で神事をやり
神輿が練り歩き
神楽を奉納する。

それを皆で祝う。

雄勝はさほど大きくない半島ですが
訪れる毎に驚かされるのは

ここには日本の歴史が凝縮されているのですね。


それこそ
縄文時代から
日本神話、

平安から伊達政宗公の時代を経て

明治、大正、
そして現代までがひと続き。

歴史を支えた
日本人の生き方や
心までもが

よく見える。


こういう土地は
まだまだ日本にはたくさんあるのだろうなあ。


土地の持っている
「気」
が違うのです。


雄勝に行くには
石巻から北上川を下って
釜谷のトンネルを抜けるのですが

その道中が
なんだかね、

別世界というか
次元を越えてしまう感じなんですよ。


この別世界に行くためなら

12時間のドライブも少しも苦にならないのです。

13:30

Apr 27, 2013

DRIVE

今度の小説の主人公は
45キロ車を走らせるハメに陥って
ブツクサ文句いっていると
そこから事件に発展するんですが

きっと彼はそれほどドライブが好きじゃないんでしょうね。

支援している石巻市雄勝で
春の例大祭があり
法印神楽が奉納されるので
ちょっと車で出かけましたが

宮城県まで片道500キロ。

2日で往復1000キロ走ったことになります。


でも
去年から何度も通ったところですからね。
長時間もそんなに苦になりません。

ただ、
さすがにひとりで500キロは疲れます。

この春は
雄勝の

大須
桑浜、羽坂

立浜

と4つの地区で祭が行われるそうで

できれば4つとも参加したいと想っているのですが

いったい何キロ走ることになるんでしょう。

途中、仙台で食事になることが多いのですが

仙台駅近くの繁華街に

すし雛

というすし割烹みたいな店があって

1年前に一度入っただけなんですが

ひさしぶりに顔を覗かせると
美人の女将さんが

「手塚さん、ひさしぶり」

ってお迎えしてくれる。


漆の朱塗りカウンターで
常連さんに囲まれて、
女将さんのユルいトークを聞きながら
食べる海の幸の旨いこと。

まぁそんな
美味しいこともあるので
遠方に行くのは

いいんですよ。


忙しい最中の
気分転換にもなるし。

03:33

Aug 29, 2010

HIRIZO


撮影で伊豆の先端まで行きました。

東京から近い


といっても


車で5、6時間かかります。

日帰り撮影にしては


かなりのハード・スケジュール。


とはいえ


海はきれい。


南端に


ヒリゾ浜


という浜があって


浜 といっても


砂浜ではなく


石ごろごろのビーチで

しかも


歩いては行けない。


近くの港から


ボートに乗って


上陸する。


以前は秘境だったけど


いまはふつうに観光スポット。


伊豆で(たぶん)一番水がきれいな場所で


珊瑚礁もあって


熱帯魚も泳いでいて


絶好のシュノーケリングの場所です。


「ここは沖縄?」

というのは大げさかもしれないけど

そんな雰囲気の場所。


基本、岩場で


水面の上からでも


水深5〜8メートルの水底が見える。


まだまだ自然はあるもんだな


と思いました。


もし

伊豆に行ったら


おすすめスポットです。


泳ぎながらの撮影

てのも


かな〜り変ですが。

00:19

Aug 5, 2010

JOMON


最近


旅先に必ず縄文の遺跡があって


博物館が併設されているので


見学しています。


まあ


縄文の村は

日本中にあったけれど。

先日、ふらり寄った蓼科の縄文館は


ちょうど開館10周年の日で


無料で入館できた。


ここには「縄文のヴィーナス」がいらっしゃる。

彼女は珍しく五体満足で発掘された土偶で


ツン、としたお顔に


ヘルメットのような

奇妙な帽子をかぶっている。


だいたい縄文の土偶は

意図的に壊されていることがふつう。


長岡の馬高遺跡に併設の縄文館はオープンしてまだ1年。

こちらは最初の火焔土器が発掘された土地で


大量の火焔土器が展示されている。


複雑で幾何学的な

デザインは


世界のどの国の遺物とも異質な


ONE & ONLY


の存在。

考古学者は


「儀礼」


のひとことで片づけるけど

それらが本当に意味するものは


なにも伝わっていない。

そこから

館内にあったパンフレットを頼りに、


同じく新潟の


十日町市博物館を訪ねる。


(十日町はウチのご先祖の土地だ)


近くの笹山遺跡で見つかった


いまや国宝の


火焔型土器が展示されている。

神秘的な美しさと迫力に圧倒される。


地元の方がいうには


まだまだ


遺跡は半分も発掘されていないそうだ。


このあと


なにが出てくるのだろう。

縄文人は


知れば知るほど

謎だらけだ。


1万年あまりを暮らしていた

(天皇家は2700年、キリストはたかだか2010年)

彼らの文化は


如何なるものであったろうか。


そして


(一度も滅んでいない)


日本人に

どんなDNAを伝えているのだろう。


そんな秘密を想像できる


楽しさこそが


真のエンターテインメントなんだと想う。

02:09

Jul 13, 2010

LYON

街に出会ってしまうことがある。

どういう意味かというと


偶発的に巡り会った街そのものに恋をしてしまうということ。


新潟がそうだった。

下諏訪も。


そして新たに、


リヨンに巡り会えて


本当にうれしかった。


ここは


自分の街だ。


ぼくを受け入れる


街だ。

リヨンは、

パリとマルセイユの間にある

フランス第二の都市。


永井荷風の

『ふらんす物語』

はここで書かれた。


それはどうでも

まったく理由なく気になっていたので


パリに行ったついでに足をのばしてみた。


一応、シナハン。

(シナリオ・ハンティング)

次回作のシナリオのための取材。


といっても


リヨンの映画を撮るわけではないです。

それなのにわざわざ訪れたのは

まったくのインスピレーションでしかない。

いや、

リヨンがぼくを呼んだのだ。


紀元前のローマの遺跡が残る


この街には

ルネッサンスの栄光と


モダンアートのときめきが同居する。


ソーヌとローヌ


ふたつの川の周りに


伝統と新しさが無理なく調和して並ぶ

美しい(かわいい)街。


フランスと

イタリアと

スイス(アルプス)が同居する


ユニークな土地。


世界遺産になっている

旧市街の


迷路のような狭い通りには

「トラブール」と呼ばれる不思議で美しい抜け道が交差し、

別世界に迷い込んだような楽しい錯覚がある。

名の通り


ライオンの国であり


ザ・獅子座のぼくには嬉しい

そして


星の王子さまの街でもあって

(サンテグジュペリはここで生まれた)

人形やミニチュアの街でもあり

(ギニョールのショーやオートマタの博物館がある)


なによりここは


世界の映画誕生の地。


中心街から少し離れてある


「リュミエール博物館」


映画の生みの親・リュミエール兄弟が住んでいた邸宅を改装したミュージアムで

初期の映画技術のすべてが展示されている。


(驚いたことに20世紀初頭から3Dの技術も!)


その邸宅の裏で撮影された

「工場の出入口」

のフィルムが世界最初の映画であり

工場はなくなったが


その遺構と場所はまだしっかり残っている。


(三脚を構えただろうポイントも)


約115年前だ。


そこでいま8mmを撮った。


映画の歴史と現在。


リヨンにはそれがある。


事実ここには小さな映画会社がたくさんあり、


きれいなスタジオもある。

いつかここで映画を作るのだろうか。


いや、

もう始まっている。

22:27

Apr 17, 2010

ONBASHIRA


少し前の話題ですが

下諏訪の

御柱祭に行きました。

7年に1度、

お宮の御柱を取り替える

古くからの神事です。

諏訪神社下社は

手塚系ゆかりの宮でもありますし。

(実際、下諏訪にゆくと「殿」と呼ばれている 笑)


町をあげての祭というのはいいですね。

諏訪の人々は御柱祭のある

7年というのを


ひとつの節目として


生活しているようなところもあります。


祭のハイライトは

なんといっても


「木落とし」。


神社に建てるための

10メートル以上の巨木を

山から切り出してきて


数十メートルの断崖を

一気に落とす。


数百人の氏子の方々に、綱で引かれた大木には


町の勇士が乗り、

そのまま崖を滑り降りる。


見た目にも、かなり危険です。

ときには死亡事故もあるという


この荒っぽい行事は


完全に氏子の皆さんが

自主的に行っている行事で

すべては

町を護り

自分たちを護る


カミさまのためにやっているのであって、

宗教でも

政治でもない


日本人ならではの

古代からの信仰が

いまに残っている

すてきな祭だと思いました。


その日は朝から雨が降り

天気予報も

曇り一時雨

だったのですが

最初の御柱が崖の上から頭を出す


まさにそのときに


雲が割れて


陽が柱にさし

まわりはまだ雨が降り続いているのに

その場所は日焼けするほどの陽差しになっている。


(事実、日焼けしてしまいました)

その後は

するすると晴れて


空には龍のような雲が流れ


笑ってしまいました。


さすが


神事


ですね。

08:10

Mar 31, 2010

ASAKUSA

ひさしぶりに浅草に


浪曲をききにきました。

ついでに

落語やら漫談やら奇術やら

イロモノ演芸の数々をみました。

浪曲師の友人がいるもので。


このところ

緊張感ある仕事続きだったので


演芸場の

このユルさはうれしい。


浅草の演芸場にいるという、別の緊張感はありますが。


はじめて来た小屋で


勝手もわからず切符かって

ロビーに入ると

実は楽屋口と客席出入口が同じなんですね。


ぼくが入っていったとき

ちょうど出番の終わった芸人さんたちが帰るところで


すれ違いざまに

「お疲れさまで〜す!」

と声をかけられた。


ち、


違う!

ぼくは客です。

仕事にきたんじゃないよ。

芸人じゃないんだよ〜。

そりゃ、

カタギには見えないルックスかもしれないけど。

しかも

イロモノ専科のような演芸場で。

(T_T)


たしかに


映画業界内ではイロモノかもしれませんがね。


ちょっと、

ショック。


しょうがないか。


沖縄では

よしもとの芸人さんと一緒にステージ出てたからなあ。


浅草は

若い頃よく来ました。

デートしたりとか。


なんて云うとすごい年寄りみたいですね。

昭和ですから、わたし。


香港、

沖縄、

浅草

のほうが


NY、

麻布、

六本木

より落ち着いてしまう。

そう見えないかもしれませんが。

21:24

Mar 29, 2010

OKINAWA

沖縄国際映画祭に行きました。

昨年の『国際ニコニコ映画祭』以来です。

25年以上前に

学生の映画祭に招かれて

訪れたのが最初でしょうか。

日本なのに日本ではない。


それが最初の印象でした。


以来、何度も訪れてますが


近年は本島より

石垣、宮古、西表島に行くことが増えました。

島ごとに(そして地域ごとに)違う顔をみせるのもここならでは。


少しずつ観光地が俗化していることを嘆く声もありますが


やはり沖縄は沖縄。

まだ

むかしのように

時間がゆっくり流れていきます。

慌ただしい仕事の旅とはいえ


ああ

ここには時間があふれている


そう思いました。


時と

光と

海の青さ。

人間の根源のヴィジョンに

ふと

立ち帰れる瞬間がある。


やっと

時間がみつかった。

観光をする暇はありませんが


隙間をみつけて

20〜30分ほど

散歩できましたよ。


街を眺めて

海をみて

空をみて

木々や草花と会う。

もうそれだけで十分。


ヴィジュアリストだから。

これこそがぜいたく。


そして


そこに住む人々の姿。


映画祭に来る若い人々は


芸能人をひと眼みようと集まっていましたが

ぼくは


街を歩く人や

散歩している人、

働いている人たちを


くつろいで眺めていました。

00:28

Mar 26, 2010

HONG KONG

香港国際映画祭に行きました。

香港は昨年の『アトム』プレミア以来です。

25年前

ミュージック・ビデオをここで撮影しましたっけ。

当時はまだ返還前で

異様な九龍城がまだ存在し

どこを見ても猥雑な雰囲気に満ちていた。

ちょっと路地裏を覗けば

ナイフをかざした兄ちゃんが

おっかない眼つきで立っていたり。

そんなところでよく撮影できたなあ。


当時と比べれば

現在の街はずいぶんきれいになったものです。

もちろん

生活臭に満ちた路地はありますが


危険な香りはなくなった。


街の何かが変わりました。

いや、

街というより人でしょうか。


服装も洗練されて

日本とさほど変わりません。


以前は日本人は服装ですぐわかったのに。


子供の頃

「ホンコン」ときくと


「ヤスモノ」「ニセモノ」「インチキ」


そんなイメージがありました。

made in Hong Kong

と記載された輸出商品に

何かに似せたものが目立ったせいです。


偽ブランドものとか。


(だから作ったビデオの題名も『MADE IN HONG KONG』にしたんですが)

いまの香港はそんなイメージを払拭しました。

安っぽいどころか


立派な国際商業都市としての堂々たる顔を持ちます。


反面、


空気がひどく汚れていたり


いたずらに高層ビルを林立させて

気の流れを無視しているさまは


高度成長期の日本を見るようでもあり

少し残念な気もします。

経済の発展や洗練は


必ずしも美しさを伴わないかもしれません。

11:02

Jan 19, 2010

FIREWORKS

この数年、年始はいつも

富士山に詣でて

河口湖で冬花火を観て帰る習わし。

富士山といっても

もちろん登るわけではなく


富士宮の浅間神社に参拝して

朝霧高原〜 鳴沢 経由で河口湖に出る。

だからまあ富士山を半周する感じです。


半周すれば、どこかで必ず富士は雲から顔を出してくれます。


河口湖の冬花火は

とにかく身も凍る寒さなのですが


凍てつく中で観る花火もまた美しく

オツなものです。

特に座席などなくて

湖岸の公園から立ち見なのですが


遮るものがないので

気持ちよく堪能できます。

もし、凍えたら近くに立ち寄り温泉もあるしね。


ところで

富士宮

といえば

焼そば

が有名なんですが


浅間神社の向かいに

焼そば屋ばかり集めたちょっとした広場ができて

観光客はそこで焼そばを食べるわけですが


その一角に甘味やがあり

お汁粉とかぜんざいにありつけます。

若い人がやっているので

店の内装はいたってシンプルで

わずかにナチュラルな素材と和 のテイストがあるのですが

そこでお汁粉をいただいていたら

BGMにアメリカのヒップホップがかかっていた。


たぶん有線なんだと思いましたが


いろいろ考えましたね。

彼ら(アーティスト)は

まさか自分たちのヒップな音楽が

遠い日本の

甘味や のBGMになっているとは

思いもよらないだろうな


とか


それを知ったら悲しむだろうか

それとも

面白がるだろうか

とか


そもそも屋台の焼そばなんかジャンクフードなんだから

ヒップホップが似合いなんだ

とか


それにしても

店の内装の

中途半端な

「和」

テイストはなんとかならないものか

とか。


ぼくは汁粉屋でヒップホップがかかっても

それがいまの日本というもので


それをいちいち気にしないのが

庶民感覚なのだと思いますが

ねらってそうしているのはともかく

環境や音というものに

まったく無自覚なのは


寂しいことですね。

富士宮の焼そば屋の脇の甘味やだから

いいじゃないか、

しょうがないだろう


と思うかもしれませんが。

20:45

Dec 15, 2009

ZERO

磁場0(ゼロ)という場所に行ったんです。

断層の上にあって

磁場のプラスとマイナスが交わるところ。

地磁気が弱くなり

方位磁石が(場所によって)ぐるぐる回るといわれている。

長野に一箇所、

地元では

「気場」

と呼ばれていますが

「気」を感じる場所ということで

癒し効果をもとめて全国からヒトが立ち寄っている。

たしかにウィークディの午後にも

次々と訪れるヒトが後をたたない。


山の峠にあって、とても寒いところなんですが。


まあ、しかし、


磁場は移ろうというか

常に一定というわけでもなく


それに

気というのは波動でもあるので

そのヒトの波長により

合う、あわないがハッキリしてるんですね。

あと、そのときの体調とか気分とか。


ウチは強い磁場(だと思う)にあるので


家にいれば自然に気の流れはよくなるから


むしろ

癒しを求めて大勢が押し寄せる場所はちょっと苦手かも。

あと

本当に地気が強いところは

ときとして強すぎて

癒しどころか

体調をおかしくすることもあるので

気をつけないと。


気場のある秋葉街道は

古くて気持ちのよい街道です。


街道沿いに「藤澤」

という地名があって


もしかしたら

ウチの先祖と関わりのある場所です。

そう思うと

親しみがわきます。

23:47

Sep 12, 2009

GIFU

岐阜にきています。


(えっ 新潟にいたんじゃなかったの!?)


どこまでも落ち着きのない男です。

実は講演会があったのです。

初めて訪れましたが


なかなかにオモシロイ…

というか

不思議な土地です。

地元の方には申し訳ないのですが。

田圃と駐車場の国です。

しかも

岐阜駅前はいきなりソープ街。


昼間から客引きがウロウロしてます。


駅の北側はかつては繊維問屋で賑わったようですが

いまはシャッター街。


つまり店が潰れてシャッターが閉じっぱなし。


わずかに残った店の前にはやはり客引きが… 。

あと

提灯屋の老舗が並びます。

ちょうちん?


なぜ?

理由はわかりませんが

とにかく全国に流す提灯を生産、販売しているわけです。


いわれてみれば軒先に提灯を下げた家が多い。


岐阜デビューの印象は

駐車場と

ソープ街と

提灯


なのでした。

21:58

Sep 10, 2009

PHENOMENA

箱根に行ったついでに

富士山をまわって

河口湖で夕食したのだけど


(あれ、 新潟にいたんじゃなかったの?)


入った店は一応フレンチ・レストランなんだけど

店内にかかっていた


イージー・リスニング

が、あまりにすごいアレンジで、


もう味どころじゃなかった。

映画音楽からヒット・ポップスまで、

幅広く取り上げているのは王道なのだけれど、

まるで悪意あるかのように

どの曲も隙なくどんくさいオーケストラ・アレンジが

お見事というほかなく、


このオーケストラの手にかかれば、いかなる名曲もたちまち珍曲に早変わりしてしまう。

誰のCDなのか聞かなかったけれど、

感じからすると

「101オーケストラ」あたりじゃないかな。


違ったらゴメンなさい。


おそるべし、 イージー・リスニング。


ああ、新潟の話の続きだっけ。

念のためにいうと、

ぼくはオバケとか幽霊とか、まったく見たことがない。


少なくとも、意識的には。


そこで、越前浜で目撃したものについて
冷静に分析してみると


1.夢かまぼろしだった。


てことにしたいのだけれど、あいにく撮影の仕事中で

しっかり覚醒していたし

自分仕切りだから気も張っていて

ぼんやりしてるどころじゃなかった。


2.寝ぼけていて何かをヒトと見間違えた。

だからこれもありえない。

だいたいぼくはヴィジュアリストを自認してるくらいだから

視覚には自信があります。


それにカメラを覗く撮影中だし。

いろいろ見間違えていたら仕事にならない。


3.誰かを見間違えた。


モデルたちは全員広間でメイクをしていたので除外。

スタッフなら、借りている家の小部屋に勝手に入ってのんびり本を読んでいるなんてありえないし、

そんな悠長にしている場合じゃない。


4.その家の住人を見間違えた。


これが一番ありえそうだけど

住人のSさんは背も高く、身体の大きな男性で、黒に近い濃い色のシャツを着ていた。


見かけたのは少女で、グレーのシャツだった。


5.近所の少女が勝手に家に入ってきていた。


なにしろ玄関に鍵はかかっていなかったからね。


しかし、大勢ヒトがいるというのに、そんなことするか?


6.何かの気配が視覚化されて映った。


そんなことは、

あるかもしれない。


ぼくは現象論者だから、


科学的起因はともかく


なにか現象が起こる可能性は十分に信じる。

それにしても

ハッキリ見えたんだよなあ。


しかも、2度。

見えたからどう、

というわけではないけれど。

ふだん、

見えない気配の方を多く感じているから


そのほうがリアリティある。

案外、

この世はさまざまな気配に満ちていますよ。


そうそう。


今回も天気は見事に晴らしました。

天気予報を振り切って。


晴らすことしかできないのですが。

01:46

Aug 26, 2009

HOLLYWOOD

ロスから帰ってきた

と思うと

今日は大阪で


来週は新潟。

まるで営業のように

本当に行ったり来たりの夏です。

時差もあるので疲れます。


しかも少し風邪をひきました。


気候の違う場所を行き来しましたからね。


ただの鼻風邪だったのでもう治りましたが。

ところで

ひさしぶりにハリウッドの目抜き通りを歩いたのですが

相変わらず観光客でにぎわってはいますが

なんだかちょっと寂しい


というのは、


全盛期をすぎた街


という雰囲気に満ちているのですね。

ちょっと京都みたいな感じ。


過去の都の名残りで保っているような。

ぼくらが憧れていたハリウッドは、

70年代まで。


『スターウォーズ』が登場して

大人のサロンだったハリウッドは

遊園地になった。

その1977年に

ぼくはここで『スターウォーズ』を観て

『未知との遭遇』を観て


いずれここで映画を撮る日が来るだろうか


と夢みていた。

子供の頃、一番行きたかった土地、

それがハリウッド。

いつか大人になり、


いま行きたい土地と尋ねられれば

それはロンドンだったり

ヨーロッパだ。


「当然の感覚ですよ」

ハリウッドで映画ジャーナリストをやっている未来くんはそう言った。

(彼はぼくの血縁なのだ)


いまのハリウッドは、子供用の映画ばかりだ。


かつて世界を魅了していたような、

完全な大人向けの大作映画がほとんど作られていない。


ぼくが好きだったのは、

背伸びをしてみるような大人の映画だったのに。


ところがこうしてハリウッドにきている自分に気づく。

ここで映画を撮りたい

とは、もう思っていない。

だけど、ここに映画の仕事で訪れることになるのだろう。


これからも。


ぼくがバイブルとするリチャード・マティソンの小説

『地獄の家』

にこんな台詞がある。


「わたしハリウッドを恐れたりしなかったし……そこから逃げたんでもないわ。あそこには何も恐れることなんてないんですもの。あそこは場所と企業、それだけよ」(フロレンス・タナー)

01:32

Aug 17, 2009

FIREWORK

昨日まで長野にいたかと思えば

明日からはロサンゼルスに行きます。


なんて落ち着かない夏であるのか。


それが終わると、

次は新潟にいくのですが。


長野では諏訪湖で花火を堪能しました。


もう61回も続いている

日本有数の花火大会です。

湖ですから当然、水上花火もあって、

見応え十分。

文字通り彩とりどりに夜空を覆う様は

この世ではないかのようで

いつまでも見ていられます。

まさに視覚的恍惚。

ぼくの初期の8ミリ映画には、よく花火が登場しました。


当時は評論家にも

「手塚さんの映画には花火のイメージがあるね」

とまでいわれました。


ほんの瞬間の、泡沫的なものですが、


どんなに人工的であっても、


その美しさは感動を誘うし

そのために人間が行う労力がいとおしい

と想う。


花火のように、

無意味で美しい映画を作りたい

と想ったりもします。

どちらも、

人手と手間と

そしてたいへん費用がかさみますが。

17:04

Jul 22, 2009

NISSHOKU 2

上やや右の方向から

じわじわと欠け出した太陽。


すこしずつあたりは暗くなってゆきます。

町から離れているので聞こえているのは波の音 だけ。

神秘的で荘厳な時間。

次第に三日月のようになるお陽さま。

海の潮がひいてゆき、


あたりが夕方のように暗くなってきたな、

と想ったら


ふっ


と太陽が消えた。

でも真っ暗ではない。


黄昏の薄明とも違う、


不思議な光に包まれた景観だ。

天は暗く、水平線あたりにほんのりと光芒がある。


ほんの数分で

太陽は戻り


あたりはまた明るくなった。


残念ながらコロナは見られなかったけど


あの瞬間


あの夢の中のような景色は

おそらく一生の記憶に残るのでしょう。

いや、もしかしたらDNAの中の記憶として。

16:06

NISSHOKU 1

いよいよ皆既日食が始まりました。


奄美の手広海岸にいます。


ここはベストスポットですが、ほとんど人もいなくて

きれいな海と開けた空だけの

「穴場」

です。

浜にビーチチェアを出して

のんびりと観察しています。

雲はありますが

青空ものぞいて

陽はさしています。

そして


いよいよ欠け出しました。

09:38

KAKEROMA

カケロマ島へ行きました。


加計呂麻とかく。


大島からフェリーでおよそ20分。


奄美の中でも秘境のようなところです。

迷路のような細くくねった道が抜ける古い村落と、

あとは自然、自然。

浜の美しさも絶品。

ここでも土地を守るのはガジュマルの樹。


村々の入り口にはランドマークのように古くて大きなガジュマルの樹が1本あって、

どの村、ということを主張している。

そこは村の人たちの憩いの場所であり、

集会の場所でもある。


いにしえの人々は、

力のある樹を中心に居住を考えたのではないか


と思わせる名残がいまもあります。

ガジュマルの樹は特別なエネルギーを持っている。


それはやさしく、暖かなパワーだ。

こちらの伝説に、

ガジュマルの樹に棲むコビト族の話がある。


沖縄のキジムナーと同じものだ。


彼らはガジュマルのパワーをわかっていて、

そこに棲んだ。


樹に守ってもらっていた。

ぼくはキジムナーというのは、

妖怪でも比喩でもなく、


かつてそこに本当に棲んでいた、

前の時代の民族のことではないかと想う。

そしてそれは北海道のコロボックルとも同じだ。


アイヌは先住民だといわれ、

縄文人ともつながるとみられているが


コロボックルだのキジムナーは

そのさらに先住民で、

新しい部族に追われて住処を奪われた。

あるものはフキの茂みに逃げ込み、

あるものはガジュマルの樹の上に隠れた。

彼らは誰なのだろう。

彼らを覚えているのはガジュマルの樹だけだ。


古い村のガジュマルを眺めていたら、

いつのまにか背後にひとりの老人が立っていた。

村の人なのだろうか。


彼はガジュマルとデイゴの樹について

土地のことばで何か語りかけてくれた。

しかし、この老人は実在したのだろうか。

まるで違う次元をのぞいたような場所なのだった。

01:26

Jul 21, 2009

AMAMI

奄美大島にいます。


この時期、奄美といえば、


そう、


皆既日食です。

国内では奄美が観測しやすいとのことで。

そのためだけに来たわけではありません。


マンガがらみのイベントがあるためです。


とはいえ、


主に働くのは家内の岡野玲子ですが。

島内は日食に合わせたイベントが多数企画されていて

訪問客も多いようです。

ぼくらが呼ばれたのは

アマミーナ

という団体が主催するイベントで

萩尾望都さんや、夢枕獏さん、

そして和太鼓のグループ「倭(やまと)」が一緒でした。


奄美はいいですよ。


沖縄とはまた違って。


どこまでも青い海と緑の山並み。


なにもない贅沢。

素敵な人々と、

素敵なガジュマルの木に出会いました。

まだ自然とヒトが交じわえる聖地ですね。

09:15

Jun 26, 2009

RYUJIN

新潟市内から車で40分ほどの郊外。


山と海に囲まれた自然の中での撮影。


前日に現場下見も万端です。

夜明けとともに撮影を始めたいというカメラマンの希望で


準備の時間も考えて


午前2時集合。

ひさびさに早い、


というより早すぎ。

暗い中でスタッフみんな集合して

現地に着くと、


な、


なんと ドシャ降りの雨が!

ハンパなく、

道は川になり、崖から滝になって流れ落ちている。

晴れ男、晴れ女がそろっているはずなのに、


そんなバカな。


朝までに止むだろう、

と現場待機しましたが、


午前6時になっても雨足は弱まらず。


眠いし、気温も低くて寒い。

さすがのぼくもメゲてきました。

現場は携帯もつながらない郊外。

あたりは店どころか人家もない。

誰も口をききませんが、


「監督どうしますか?」


という無言のプレッシャーが襲ってきます。

このまま待つのか、


中止にして帰るのか。

プロデューサー(と現場制作)も兼ねているので、

なにか決定しなければなりません。

延期したとして、翌日が晴れる保証はない。


東京から呼んだスタッフは明日までしかいられない。


なにも撮れなかったとしても、

経費はかさむ、

締め切りは迫る。

さあ、どうする!


とりあえず現場でしょげていてもしょうがないので、


隣の浜の民宿をみつけ、

そこへスタッフは一時的に避難、待機。

せめて昼までは待ってみよう。

と覚悟をきめていたらば、


少し雨が弱まった。


すかさず、撮影の藤井さんが

「8時に撮影開始!」

と判断。


少しの雨なら撮影する覚悟。

そこで出演者もメイクを済ませ、

ぴったり8時にカメラの前に立つと

奇跡が起きました。


女神に扮したモデルの民谷さんの背後から、

青空が広がってゆくではありませんか。

そして1時間のうちにすっかり晴天となり、


以降、1日中、


雲ひとつない大快晴になりました。

喜んだスタッフたちは一丸となって大張り切り、


するすると現場は進行し、


予定通りに撮影はすべて無事終了。

ハレルヤ!


撮影が済んだ夕方の空に、

まるで龍のような雲が

フワッ

と現れて、


山の彼方に飛んで行きました。


そうだ、


新潟は龍神の土地。


雨を操るのも龍神の力。

あの大雨は龍神さまのいたずらではなく、


恵みの雨であったことでしょう。


このところ、

雨がちな天気の中で、

いつも晴らしていましたが、


今回は壮絶でした。

ドシャ降りから一転、
晴天なのですから。


この映像は

7月に新潟のテレビなどで見られます。

03:07

Jun 23, 2009

WATER & EARTH

ひさしぶりに

新潟市で映像の撮影をしました。

市ではこの夏から


「水と土の芸術祭」


というイベントが行われるのですが


そのCMというかプロモーション映像を作っています。

イメージは自由に、

ということなので


「女神が出会うとき」

というコンセプトで


水の女神と土の女神を登場させることにしました。

それを


新潟の地で

地元のヒトたちと一緒に作るのがよかろうと、


地元のツテを伝って

スタッフや出演者を紹介してもらったり

知り合ったヒトビトでやることにしました。


新潟には

「美少女図鑑」

というフリーペーパーがあり、

これはいま全国展開しつつありますが


その元祖で、


プロではない地元の美少女がモデルで登場するので人気なのですが


そこのイチオシモデルで


民谷有花さん


という学生さんにモデルをやってもらうことになり、


ヘアメイクは

「秘密基地」

という楽しい名前の美容室が担当。

さらに

i‐mediaという映像の専門学校から機材とスタッフを貸してもらえることになり、


生徒さんも撮影に参加します。

撮影は東京から藤井春日さんに参加してもらえることになりました。


そして、橋本一子さんが音楽。

藤井さん、橋本さんとぼくとは、

『NUMANITE』や『実験映画』などの短編アートシネマで組んだ、ゴールデン・トリオです。

新鮮な地元の感性と東京のベテランクリエーター陣が揃い、

素敵な現場になるだろう、

と夢みていましたが、

撮影日にとんでもないことが起きちゃいました。


そのハナシは次回。

01:35

Jun 9, 2009

DRIVE FOR LOCATION

京都いったかと思えば


東京で撮影し


かと思えば


新潟で撮影し

かと思えば

映画や映像の学校で講義やらミーティングやら。

映像ヅケの日々で本望なのですが。


新潟は、

今月に別途撮影するCMの打ち合わせとロケハンも兼ねてました。


ロケハン

とは撮影場所を探すことですが

小さな作品の場合は

原則自分で探して

自分で段取ります。


それが地方となれば

なおさらひとり旅になる。

新潟市から海岸沿いに車で南下して、

100キロほど走りましたか。


その足で東京まで戻ったから

都合400キロ以上走ったのでしょうか。


さすがに疲れた。


前の日も合わせると


2日で800キロ近く走ってます。


ひとりでよく走ります。


車に撮影機材を積んでひとり旅、


というのは


若い頃よくやりましたが


いまでもたまにやります。

なんか、急に出会ったり見つけたりしたものを撮って、

ストックしとくのです。


そのうち何かに使おうと。

途中の見ず知らずの土地で食堂を見つけて

お昼を食べたり。


(ここは撮影の時も昼ご飯が食べられるかな)

なんて考えながら。

ところで最近は、お陽さまがずっと味方してくれます。


というより、

着いてきてくれます。


曇り空の中、


どこまで行っても太陽が雲間から顔を出していて、

ぼくの周囲だけ晴れにしてくれています。

ありがたいことです。

01:55

May 12, 2009

10

新潟は 十日町市 松之山で

「坂口安吾まつり」

が開催されたので行ってきました。

松之山は安吾の姉が嫁いだ先で、安吾もよく訪れていた土地。


彼が過ごした家がいまは「大棟山美術博物館」として、一般に公開されていますが、

11年前にそこで映画『白痴』を撮影しました。


だからぼくにとっても松之山は思い出深い土地だし、


なによりそこは山の中で、

冬は大雪で道路が閉鎖されてしまう秘境ですが、

それだけ自然が豊かで、

どこを眺めても美しく「日本の景色」です。

安吾まつりでは

息子の綱男さんの愉しい思い出トークやら、

日本各地の安吾顕彰団体の話やら、

自然の中で千賀ゆう子さんによる安吾作品の朗読やら、

2日間にわたって様々な趣向がありましたが、


なにより

暖かい温泉につかり、

おいしい酒と山菜に舌鼓をうつ、

実に有意義な時間を過ごせました。

実はぼくには1/4 十日町の血 が流れています。

というのは、母方の祖父が十日町の出身だからです。


岡 田

という姓で、

十日町の人には馴染みの深い名前。


民選初の県知事が出た家であり、

五千円札に富士山が描かれていますが、

その元になった写真を撮った

岡田紅陽さんは親戚です。

その血のせいなんでしょうか、

ぼくは新潟をひいきにしています。


いや、ぼくがひいきにされているのかな。

今年はその『白痴』の公開から10年で

記念してイベントをしかけようと

新潟の若いヒトビトとミーティングしました。


『白痴』再上映はもちろんのこと、

8mm映画のパフォーマンス上映や

ギャラリーでの作品展示や即興制作、

トークショーやら地元アーティストとのコラボレーションなどなど、

盛りだくさんにプラン中。

新潟市では街をあげて

「水と土の芸術祭」

を7月からやります。


そこでもなにかをやろうと画策しているところです。

こういう素敵な悪だくみしているときが一番楽しいですね。


新潟方面の方はご期待ください。


変わったこと、

やります。

22:55

Mar 21, 2009

OKINAWA

沖縄にいます。

観光じゃないです。


沖縄国際映画祭に、 なぜか参加することになって、

新作映画もないのに来ちゃいました。


実は、

沖縄、好きなんです。

観光客として、ですけど。


学生の頃、琉球大学の映画研究部に招待されて来たのが最初でしたが、

一発でハマりましたね。


日本のようであって、ちょっとチガウ。

でも、大陸ともまた違う。

独特のハイブリッドな文化がとってもユニークで。


ノリが独特ですよね。


こちらのコトバで

「てーげー」

て言うのですが、

「適当」

って意味で、

つまり、いい加減なんです。


いい加減であることが美徳 っていうか。


とにかくすべてが
「てーげー」なんですよ。


それが沖縄の良さ、

って言うと皮肉に聞こえるかもしれませんが、


そうじゃなくて、


ぼくは好きですね、

そのノリ。

健康にいいと思いますよ。

適度な 「適当さ」 というのは。


事実、こちらは長寿のヒトが多いし。


いま、全国的に閉塞感というか、

行き場がない、生きにくい感じがあるじゃないですか。

それは、 「適当じゃダメなんだ」 「ちゃんとやらなきゃいけない」

って思いが強すぎるんですね。


もう少し気をぬいて、

てーげーでも人間、生きていけるんですよ。


そのほうが自然だと想う。


と、

いうことを気づかせてくれるのが 沖縄 なんですね。


食事はとってもヘルシーですしね。

あと、

沖縄にはきれいでかわいい女の子が多いです。


だからなんだ、


ですが。

00:49

Nov 12, 2008

FAMILY

そのあと。

このところお気に入りの昼神温泉へ泊まりました。

ここはまだ30年ほどの歴史しかない温泉郷ですが、

それだけにまだ荒らされていない、

静かで隠れ家的な場所です。

もちろんお湯はしごく良い。


お気に入りは

石苔亭いしだ

というきれいな旅館なのですが、

ここの朝食には

「短歌膳」

というメニューがあって、

これはご飯、味噌汁を入れ なんと 31品目が並ぶという

ぜいたくでユニークな朝ご飯。

ひと口サイズの食材が白くかわいい器に載って、

碁盤のようにずらり並ぶ様は眼にも美しく、

どこから食べてもおいしく、

ちょっとハマります。

と、
ふつうブログではここで写真があるものですが、

すみません。

ありません。


なにしろ携帯が古くて写メールが満足に撮れないもので。


なさけな〜い。

(>_<)


ところで、

長野は手塚姓が多いのですが、

奈良井宿にも自宅を

「上問屋史料館」

として公開しているのが手塚さん。

江戸から明治にかけて、270年間も問屋と庄屋を勤めてきた家だそうです。


問屋は卸問屋のことではなく、

「といや」と読んで、

幕府の役人や諸大名のための馬や人足を管理運営する仕事です。

お隣の木曽平沢宿は

有名な木曽漆器の町なのですが、

そこで7代続いている老舗の漆器屋さんが

「ちきりや 手塚万右衛門商店」

で、

こちらの手塚さんも江戸から続く職人のお家ですが、

なんでも義仲が家来、手塚太郎光盛の子孫といういわれもあり、


ということは

ウチとは遠〜〜〜い親戚かもしれず、

なんだか親近感がわきました。

http://www.chikiriya.co.jp/

もちろん現当主の手塚英明さんの腕も見事で、

ここの漆器は木曽平沢を代表するかのように本当に美しく、

ユニークでもあり、

なんだか見とれてしまいました。


同じ「手塚」族としてちょっと嬉しいのでした。

23:42

Nov 10, 2008

KISOJI

中山道の木曽路にはかつて11の宿場町があったようで

現在往事のなごりを残しているのは

妻籠宿、 馬籠宿、 そして 奈良井宿

の3カ所のみ。


妻籠と馬籠は有名ですが、

それだけに観光地になりすぎて

俗なパワーが強くしみついているといいますか

町並みがテーマパークになりすぎてしまっています。

きれいに作りものすぎる感じ。


奈良井は実際にまだ人々が暮らしているので、

「本物」の空気があって、

そこ、ここに清廉な趣が感じられ

すがすがしいのです。


早朝、町をそぞろ歩けば、

古式豊かにさりげなく飾られた家々は

御伽の国のようで、

窓からお年寄りが顔をだして

「おはようございます。寒いわね」

と声をかけてきます。

いいえ、寒くありません。

気持ちはあたたかくなります。


日本人の美学とあたたかな心に自然に出会えて、

それだけで落ち着きます。


もし皆さんが木曽路を旅するなら、

奈良井は是非とも訪れてほしいところです。


さて今日はその奈良井から南に降りて、

木曽義仲が幼少期を過ごしたという日義村へ行き、

義仲ゆかりの史跡を巡りました。


菩提寺である徳音寺にあるお墓にもお詣りしました。


そういえばかつて『白痴』を作る際も、

新潟(新津)にある坂口安吾の墓参りから始めたことを懐かしく思いだしました。

ぼくの映画作りはなんだか墓参りから始まりますね。


木曽も北の方、

このあたりや奈良井はまだ踏み荒らされていないというか、

静かで清廉なエネルギーに満ちていて、

来訪者にはうっとりするような土地です。


紅葉も美しかった。


こういう、

「日本」が途絶えず続いている場所に行くと、

ホッとします。

23:51

Nov 9, 2008

NARAI

仕事がいくつか片づいたので

休養に木曽を訪れました。


取材旅行も兼ねてはいるのですが。

車だと東京から3時間少しで来られるんです。


今日は奈良井宿のゑちごやに泊まっています。

江戸から続く旅籠宿です。


奈良井はかなり当時の面影を残した宿場町で

およそ1キロに渡って昔ながらの佇まいが建ち並ぶさまは、

テーマパークというよりタイム・スリップしたような不思議な感覚を味わえます。


長野の奥には日本人の心の原風景があるので

なんだかホッとするというか


しみじみしてしまいます。


山の紅葉もきれいだし、

キノコがおいしいし、

人々はのんびりしているし。


疲れたときには長野に限りますね。

20:31

Aug 29, 2008

WONDER

仕事部屋は南と西に窓があって、

電線越しではありますが、

けっこうきれいに空が眺められるのです。


このところ雷雨が続いたりして、

奇妙な天気なのですが、

夕方、窓からみていたらきれいな空が望めそうだったので、

東のベランダへ出てみると、

雲の彼方から強い陽の光が差していました。

きれいな光線を空にひいて。


えっ。


そんな馬鹿な。


だって、東の空ですよ。


午後5時に、東の空から陽が差すはずないじゃありませんか。

もちろん、同時刻に西の空にも夕陽を受けて輝く雲がありました。

じゃあ、あの東の空の強い光はいったい・・・?


ウソじゃありません。

証拠の写真も撮りましたから。


空を見ていると、たまに不思議な現象に巡りあいますが、

今日のこれは本当に特別です。

いったいなんの予兆でしょうか。


いまはまた再び雷雨が激しくなりました。

1日中、空で大イベントが開かれているようです。

21:50

Aug 9, 2008

SUMMER STORM

標高2000メートル級の山にロープウェイで登ったら、

激しい雷雨が訪れて、

ロープウェイが止まってしまいました。


乗っていなかったので幸いですが、山の上で足止めです。


地上付近は大嵐で停電になっている様子。


観光シーズンなので山の上には数百人がいて、
食堂や売店もあるので何も心配はないのですが、

本当、ロープウェイの中に閉じこめられなくてよかった。


映画屋はこういう状況で、つい過酷な想像を巡らせます。

このまま嵐がおさまらず、地上に戻れなかったらどうなるか、

雷雨の中を徒歩で下山しなければならないとか。

ロープウェイの駅から町まではさらにバスで30分、山道を下らねばならないのです。

バスも走らなくなったら最悪。


なのでこんなときは、
なるべく何も考えず、

ぼんやりしているに限りますね。

この程度のトラブルは一興(アトラクション)と思えば、

自然と寛ろいだ気分になって、笑みもこぼれてきます。


人生は楽だけじゃつまらない。

たまには嵐も受け入れなければ。


もっとも、

映画作りはいつも嵐みたいなものですが。

いまいくつかある映画の企画には、ふたつの方向があって、

ひとつは

「これぞ映画」といった王道を行くタイプの娯楽作品で、

もうひとつは

観たこともないような新しいタイプの映画。

どちらも作るのはタイヘンです。


どちらかに絞りたいところですが、

性格的にいうと、

両方やってしまうのが自分らしいのでしょうね。

13:39

Jul 4, 2008

TAKARAZUKA

今日は宝塚で、

小学生への公開授業をやりました。


手塚治虫の話を中心に、

平和や幸せに生きることについての話です。

小学6年生のみんなはまじめにきちんと話をきいてくれて、

うれしかったですね。

1時間の授業で誰も寝ていなかったし。


今日彼らに話したのは、

「お金持ちや有名になることでは幸せになれない」

「自分のことばかり考えていたら幸せになれない」

「友達や家族やまわりの人を大切にして、思いやりを持とう」

「一生懸命打ち込める夢を持とう」

「あせらず、ゆっくり考えていこうね」

といった話でした。


午後はまた京都へ戻り、

写真作品の撮影です。


今日のモデルは「東京モダンアート娘」改メ「SLIT」のmiyoさん。

着物姿がなかなかです。

知人のツテで古い町屋を借りて撮りました。

傾いていて、かなり味のある家でした。


近所にあぶり餅の店があって、

京都でもここでしか食べられない珍しい名物です。

独特の感触で、

癖になる味です。


向かい合わせに2軒だけ店があって、

客の取り合いをしています。

かたや‘元祖’でかたや‘本家’。

今日は本家に立ち寄っていただきました。


明日はまた東京で、

イメージフォーラム付属映像研究所の講師をします。

本当に、

行ったり来たり、です。

22:15

Jul 3, 2008

KOTO

昨日家にいたと思ったら、

いま京都にいます。

なんだか行ったり来たりです。


ふだんは先を見て生きている方ですが、

忙しくなったりタイヘンなことが続くようなら、

先まで考えると不安になるし疲れてしまうので、

そんなときは目先のことだけに集中して、焦らずていねいにやります。

するといつの間にかひとつひとつ解決したり片づいているものです。

焦ってあれこれいっぺんに片づけようとすると混乱しますからね。


明日は宝塚で小学生に授業をします。

‘幸せ’について話します。

23:50

Jul 1, 2008

AMANO

一昨日まで『マネキン刑事』というファニーなショートムービーを撮影していましたが、

今日は和歌山県の天野にいます。


高野山の麓です。

世界遺産指定のここには、高野山の守護神社である丹生都比売(にうつひめ)神社があります。

知人である宮司さんを訪ねました。


1700年前からあるという歴史の由緒ある社ですが、

あまり観光化もされていないのでまだ力も強い。

多少ワイルドな佇まいですが、

とても折り目正しい神社です。


境内の一隅に立つと、
急に頭痛がして足が浮いたようにフラフラします。

数メートル離れると何でもないのですが、そこに立つとなぜかクラッとなる場所があるんです。

そこだけ地磁気が強いのかもしれません。

いま身体が敏感になってますからね。


古い神社仏閣は地磁気の強いところを選んで建てられています。
(自説)

特に山の神社などはそうですね。

境内にご神木と呼ばれる大木が育ったり、わき水がきれいだったり、

少しは地磁気に関係あるのかもしれません。


最近きいた話では、

長い時間の中で地磁気の流れは移動するとか。

古い神社の場合、
かつて神社の中心だった気の強い場所が少しずつ移動してしまっているかもしれません。

人知れず。

いにしえの人はわかっていたのでしょうが。

天野は山々に囲まれて、まだ日本の現風景がきちんと残されている土地です。

豊かな自然の中に緩やかな棚田が続き、虫や蛙がヒトと同じ存在感を主張しています。


美しい田園が一望できる丘の上に、ログハウスの喫茶店があり、
自家製のパンを売っているのですが、

ご主人が一念発起して、たったひとりで足掛け2年かけてコツコツ作り上げた家だそうです。

「まだ理想の6割しかできてません」

と語るご主人は、それでも自然に抱かれて都会とは違うぜいたくを満喫しているようです。

狭い社会の中で生き方を限定してしまっていると、

自分の本当の命はなかなか見えてこないかもしれませんね。

http://shikiurara.web.fc2.com/


たまにこうした地方を訪れると、

命の洗濯になります。

17:49

May 8, 2008

PLANNING

企画を考えるのは好きです。

もし映画作りであれば、ここが一番楽しいところです。

目的に合わせて頭の中にあれこれイメージを探り、それを結びつけて形にする。

ぼくは企画書を書くのは好きなんです。

もっとも、その通りに実現することは万にひとつくらいですけどね。

企画が進み始めたところから、作る苦しみもスタートするわけです。

その後は、完成するまで、ほとんど嫌なことばかり。

苦しみのために企画してるようなモノですね。

でも創造とはそういうものなんです。

ひさしぶりにCMの企画・制作を頼まれました。

ワクワクします。

CMとかPVは大好き。

いつでも歓迎なのですが、
なぜか

「やらない」

と思われています。

「ギャラが高いんじゃないの?」とか。


そんなことありません。常識的です。

お金がいくらということよりも、作ることが大事なので。


自分でいうと変ですが、ぼくはCMに向いていると思います。

ぼくの映画を見てそういう人がいますが、

映像がどうということより、相手の要望を具体的な企画にするのが楽しいのです。


たいていの場合、相手(依頼主)は映像作りのプロではありません。

ですから要望をうまく言葉やイメージにできません。

そのためにぼくら専門家がいるわけです。

相手のアタマの中にある漠然とした要望を、うまく聞き出す必要があります。


そのコツは、

相手が最初に口に出したことば、

はじめにたまたま例えたものがヒントになります。

理屈や意味じゃなくて、ストレートなイメージですから、
案外そこに企画の「コア」が隠れています。

ただ、注文は常に流動的でもあります。

人は誰でも気がうつろいますから。


企画を立てる難しさはそこでしょうか。


別の方が1年間抱えてきた企画を引き継いで、実質3日で頭からやりなおしたところです。

見極めは早いんです。

ここからがタイヘンなんですが。

14:40

Apr 28, 2008

KIREI

新潟での岡野玲子トークショーは無事におわりました。

ちょっと意外だったのは、
岡野がパフォーマンスも交えてひとりで2時間しゃべりまくったこと。

こんなのはじめてじゃないかな?

そんなこと滅多にはなく、

雨でも降るんじゃないか

と思っていたら案の定、おわったらドシャ降りになりました。

でも見に来れた方には(話の内容も含めて)貴重な機会になったことでしょう。


ところで。

新潟には15年以上も、毎年必ずでかけるくらいですが、

それでもまだまだ知らないことがたくさんあって、

今回も新たに3つの発見がありました。


まず、
「ガタケット」。


って、なに?

と思うでしょう。

イベントの打ち上げにガタケットの関係者が来ます、
といわれて思わず
「それ、なんですか?」
って聞いちゃいました。


マンガ同人誌界用語で、「にいがたコミックマーケット」の略称。

だそうです。

いわゆる「コミケ」の新潟版ですね。

スミマセン、ぼくは同人誌界はまったく知らなくて、ウトいのです。

実はコミケも一度も行ったことがない。

新潟はマンガ大賞(10年め)があったり、マンガ文化は盛んなんですね。

でも15年もしょっちゅう新潟に顔を出しているのに、いままで接点なかったなあ。

不思議なことに。


ふたつめの発見。

新潟名物「ぽっぽ焼き」。

というのは、お祭りなんかの屋台で売っている駄菓子だがね。

これも初めて食べました。

細長いカステラみたいな。

モチモチしていて、フシギな食感にハマる味。

なんで「ぽっぽ焼き」というのか、誰か知ってますか?

新潟だけにしかなくて、しかも上越にはないらしい。


古町の先に白山神社があって、お参りに寄ったついでに境内で売っていたのを買って、隣接する白山公園を散歩しながら食べました。

園内にいるハトやカラスや池のコイも、これを食べます。

ヒトとハトとカラスとスズメとコイが仲良くぽっぽ焼きを食べている情景は、なんか和やかで好いものです〜。


その3。

東堀通りに見つけた台湾茶芸店。

その名も「キレイ茶芸館」。

台湾の方がやっている、家庭的ですが本格的なお茶の店。

女性店長は台湾に茶畑も持っていて、けっこうな種類の茶葉を安く入れています。

ウチは台湾の茶(いわゆる中国茶ですが)をよく飲むので、こういう店は重宝します。


それにしてもこの店名は・・・

と思っていたら、店長のお名前がズバリ「キレイ(綺綾)」さんでした。

もちろん、キレイな方です。

近所にはぼくの映画を手伝ってくれた、木村さんの秘密基地があります。

「秘密基地」というのは店名で、ヘアサロンです。

ひとりでやっている店長の通称が「木村さん」。


ね、新潟ってオモシロイでしょ。

20:57

Apr 15, 2008

TOCHOU

仕事の合間に時間があると、都庁に行きます。

展望室に上がるのです。

地上45階。

直通エレベーターで50秒。

無料で上がれます。


展望室は北と南にそれぞれあって、
ふだんは比較的静かな南棟に行くのですが、

今日はその南側が休みなので、賑やかな北側に上がりました。


どちらも喫茶コーナーでお茶をしながら、東京が一望できます。

北側は、夜はバーになり、カウンターで夜景を見ながらグラスを傾ける。

といっても決してお洒落じゃない。

週末や休日でなければ、案外空いているんです。

ぼんやり考え事をするには最適な、お気に入りの場所。


なぜか昔から、西新宿が好きでした。

いま自分のオフィスも西新宿のすぐ隣にあるし、

副都心が舞台になった映画を撮ったこともあります。

このあたりを散歩するのも好き。


摩天楼とその下に広がる無機質なオフィス空間。

猥雑な商店街。

外国人観光客のざわめき。

迷路のような地下道。

冷たい無秩序。


都庁の上から眺めれば、東京は瓦礫の荒野。

現代アートのようなコンクリの大草原。

はるか商業ビルから立ち昇る多量の煙。

火事だろうか。

現実感がなく、
まるで別世界から見おろしている感じ。


仕事の疲れもストレスも地上に捨て去って、
身軽に上がる天上のオアシス。


昨晩観ていた『タワーリング・インフェルノ』を思い出しながら。

またここで、映画を撮ろうと想っているのです。

23:12

Mar 30, 2008

MATSUNOYAMA

新潟の山間にある松之山は、県内有数の豪雪地域です。

1年半ぶりに訪れると、まだ積雪2メートル。

ちらほら、みぞれが降ります。

東京は桜が満開だというのに。


それでも、10数年前にはじめて来たときには4メートル近く積もっていたのですから、

やっぱり雪は減りました。


いまは合併して十日町市になりましたが、

元町長として地域に数々の功績を残された村山政光さんがこの2月に他界されて、
偲ぶ会が催されたので、でかけました。

政光さんは村山家31代当主。

一代30年と計算しても、およそ900年ほど続く家柄で、

また、坂口安吾さんの甥にも当たります。


安吾さんも滞在したという古い庄屋造りの実家を、大棟山美術博物館として公開されるなど、地元文化にも寄与されましたが、

まさにその場所をお借りして『白痴』の撮影をしたのが10年前。

700年前に建てられたとも言われる趣ある屋敷に恒松正敏さんの美術を持ち込んで、特殊な部屋を作り出しましたが、

実際に原作者が住んだ空間を使わせていただけたのは特別な計らい。

すべて村山さんのおかげです。

新潟市さえ協力に難色を示していた当初に、
異郷の若者を気持ちよく受け入れ、暖かく迎えていただけた村山さんの心の広さ、器の大きさに、

まさに町を治める人間はかくあるべきと、感じいりました。

形式をきらい、お酒がお好きで、孫の歳ほどの相手とも親しく杯を交わし、

その飾らない人柄が他者を魅き付け、
文化人らしい粋な姿勢が素敵な紳士でした。


いまでも感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございました。

安らかにお休みください。

と、杯を重ねた一夜でした。

23:20

Feb 25, 2008

L ANGELS

出張でロサンゼルスまで。

映画のミーティングなんですが、

飛行機で10時間近くかけて行って、
空港からすぐに相手オフィスへ。

そこで正味3時間のミーティングをして、会食をして、
ホテルで休み、

翌朝すぐにまた飛行場へ。
というあわただしいスケジュール。


アメリカまで行っても、空港とオフィスとホテルだけ。

なんだかビジネスマン〜 って感じですね。


飛行機は往復で2回、日付変更線を越えるので、

1泊3日になっちゃいます。

時差もなにも、どこまでが1日なんだか、ワケわかりません。


いずれ飛行技術が発達すれば、アメリカ日帰りも可能なのでしょうか。

いや、身体がついていかないかも。

体内時計がメチャクチャになります。


それよりネット会議ではどうか って?

しかしクリエイティブなミーティングには不向きです。

時に映画のように、人間が「気」を通じ合わせる「場」が必要なときはなおさら。

だからこの3日間が無駄とは想いません。

スタッフ交えて会食だって必要です。

お互いの眼を見て握手する。

ごはん食べて雑談する。

ここから人の関係は始まり、ものが生まれます。


もっとも、日本ではあまり握手しませんね。

どちらかといえば名刺交換してお辞儀、みたいな。

いずれにしても、立体映像やバーチャル・トリップが発達しても代えられない経験です。


それにしても、たった1日でもやはりアメリカの大きさには圧倒させられます。

途方もなく、途方に暮れる。

こんなに物質が豊富でも、何かがたりない。

日本はちいさくて質素だけれども、心は豊かだと想うな。

想像で様々なものが補えるし。


帰ってきて、とりあえずお米のごはんとおかずを食べる。

やっぱり、日本はいいな。

ごはんがフツウにおいしいもの。


たった1日の渡米でも、そう感じてしまいます。

17:02

Dec 22, 2007

SPMANTE

週末はやっと休めるので、温泉に。

最近、耳鳴りが酷くて、よほど疲れているようなので、身体を癒します。


湖畔の宿が取れたので、クリスマスも近いし、せっかくだからシャンパンが飲みたいな。

よもやないだろうと思いながら、シャンパンありますか? と宿のヒト尋ねると「ハーフボトルならご用意できます」との答え。

なかなか気がきいている宿じゃないですか。

銘柄は何かな。

モエかヴーヴクリコあたりかな。

などと楽しい想像をする反面、

よもやシャンメリーじゃあるまいな、と一抹の不安もよぎります。

昔はシャンメリーをシャンパンと偽って飲んでいた家庭が多かったですね。

あれは甘くて最悪でした。


この宿は部屋も広くて静かで快適。
大浴場もふたつあるし、部屋に露天もある。

窓の外には初雪が舞ってきました。

お膳立ては揃った、という感じで湯に浸かり、食事を待ちます。

久しぶりのシャンパンなので、ビールも我慢していると、
いよいよ食事の時間になって、仲居さんが「ご注文のシャンパンです」と持ってきたものは。


ASTI SPMANTE とイタリア語のラベルが・・・ 。


これはシャンパンではありません。

スプマンテです。


スパークリングワインとシャンパンを混同してます。

しかも、甘い。

メチャクチャ甘い。
このスプマンテは。

料理にも合わないし。

しまった〜。

まだまだ地方はシャンメリー的な世界が残っているのでした。


湯はいいのだけどね。

23:52

Aug 16, 2007

SUWA 2

そして花火は聞きしに勝るものスゴさでした。

いろいろな花火大会みたけれど、質と量では全国で1、2を争うかも。

これは諏訪湖という立地の勝利でしょう。

かなり至近距離で大きな花火が上げられる。

2時間強。
これでもか、というほど徹底的に見せます。

湖上に半球を描く水上花火もたっぷり。

間近で観ていると音がまたスゴイ。

距離が近いせいか、ドンと身体に響く。

特に40数年ぶりに上げたという7号玉の巨大さといったら、しかも湖上で同時に水上花火も開く。

ぜいたくなことです。


諏訪は大社があるので、土地そのものが神域というか。

祭りがそのまま神事になります。

そこに参加できる悦びは、陶酔の極みです。

翌、今日はさらに神域ふかく、霧ヶ峰の中心、車山に居ます。

ここは縄文の太古から聖域で、神秘の鉱石、黒曜石がごろごろ採れる。

信州はかなりあなどれません。

古く、深い。

ここを訪れると、ホッとします。

23:00

Aug 15, 2007

SUWA

先祖の関係で諏訪湖の花火大会にきました。

今年は天気も好くて、最高の日よりです。

「手塚の者、よく帰ってきたな」
と、諏訪が歓迎してくれています。

やはりウチはもともと諏訪の城主の者です。

今日実感しました。

19:02

Jun 30, 2007

HUTTE

霧ヶ峰の山小屋「コロボックル・ヒュッテ」で手塚宗求さんに出会いました。

手塚さんは松本の出身で、この山小屋にもう50年も暮らしている。

標高1800メートル。

かなり観光地化されたとはいえ、まだ十分に自然を残す美しい山地に、手塚さんの小屋はひっそりと建っています。

そこを訪れたのは、ほんの偶然でした。

長い山小屋生活を、手塚さんは自然と共に生き、詩や随筆を書いて、何冊も本を出されています。

その本を読んで彼の生き方に憧れて、同じように山を目指したヒトも多かったみたい。

ぼくはただの観光客だから、会話もなく立ち去りましたが。


なにもなく、欲もなく、純粋に生きることは、それはそれで素敵な人生かもしれない。


ところ変わって、次には東京のド真ん中。

友人たちがイベントに出るというので、滅多に足を向けない六本木のバーに行きました。

インド系のイベントだったのですが、現代的でかなりヒップ。
客の半分が外国人。

とはいえ。
その俗っぽさと喧噪を、静かな山と比較するつもりはありません。

いろいろな生きる場所があり、いろいろな人の時間がある。

そこを横断できるのも、ひとつの生きる喜びです。

もっとも、
六本木より霧ヶ峰の方が美しいし、ずっと好きですが。

01:48

Jun 25, 2007

MINATOYA

先祖の地、下諏訪をまた訪れました。

宿は老舗の「みなとや旅館」。

旅籠の佇まいそのまま残す、古風な宿です。

「江戸なんていっても、祖父は本物の武士だったから」と、女将さんはおっしゃる。

いにしえの旅籠はかくありきという感じで、到着すると順番に湯につかり、暖まったところですぐ食事となり、終われば後は眠るだけ。

何里も歩いて山越えしてきた旅人が疲れを癒し、身体を休めるところ。

最近の観光旅館みたいによけいな施設があったり、客のご機嫌取りでガサガサしていません。

頑固に、何もない。

洗面所は共同で、部屋に鍵はなく、売店すらありません。

1日に3組しか泊められないこの宿の名物は、ただひとつきりのお風呂。

順に貸しきりで使う。

こぎれいな庭先の東屋に、桧の露天がぽつり。
内風呂なし!

「綿の湯」という温泉を源泉からひいているのですが、この湯が絶品です。

クリスタルな透明感あり、臭いはなく、文字通り綿のようにやわらかく身体を包んで暖めてくれる。

庭のなまこ壁の土蔵を見ながら、木々の香りが心を静め、
夜は月明かりや星に照らされ、天上の気分です。


そして食事がまたスゴイ。

大皿にたっぷり盛られた馬刺し(!)を中心に、山菜やら湖の魚の小皿が並び、そこに混ざって、イナゴ、ザザ虫、ハチノコ・・・。

ふつうの旅館食に慣れた身にはかなり新鮮。

というか衝撃なのは、
その味。

ここの馬刺しは、極上のトロより柔らかく、口に入れるとスッと溶ける。
おいしい水の如く、クセなく匂いなく、いくらでも食べられる。

いや、驚きました。


そして名も知れぬ山菜の旨味といったら。

まるで肉のよう。


さらに、虫がウマイのには驚き。

虫嫌いのエロミさんにはぜぇったい無理でしょう。

イナゴは前から食べてますが、ザザ虫とハチノコは初。

クセになりそう。


女将は「一応、スローフードよ」なんておっしゃるが、そんなヤワなもんじゃありません。

強烈に、身体に力つくメニュー。

馬や魚がやさしくやわらかく、山菜や虫に旨味があって強い。

これが元来の信州の味なのか。
と想わせます。

武士や旅人の心を癒し、身体を造る。


いや、これこそかつての日本か。


透明感。
飾らず、質素にして、無駄がない。
それでいて芯はしっかり強く、
気を遣いながらもプライドがある。

こういうの、なんて言葉でいえばいいのでしょう。

これが日本の、日本人の本来の有り様かな。
と想い巡らされました。


子供たちには、こういう感性を覚えてほしいな。
とまで想わせる宿でしたよ。


かわいい子には旅をさせろ。

なるほど、こういうことか、と。

00:42

Mar 27, 2007

KOWLOON

香港は九龍に泊まる。

しかし忙しいとは前置きしたものの、本当に慌ただしかった。

来年の手塚治虫生誕80年を記念して、香港ではひと足はやく、地下鉄とショッピングセンターで大々的に展開したキャンペーン。

宝塚の手塚治虫記念館を模したミニ展示室も設けられて、なかなかの規模です。
4月いっぱいやってます。

その開会式のセレモニーに出席するための来港だったんですが、もう畳み掛けるような取材責め。
グループ取材2回とテレビの取材も含めて、次から次へと香港のほとんどのメディアが来たといっても過言じゃない感じ。

当然翌日の新聞各誌は派手に記事で埋まってました。

それだけ手塚治虫の人気が絶大だという証ですが、
加えてゲストに駆けつけてくれた俳優の鄭伊健(イーキン・チェン)さんが話題のヒトでもあったため。

彼は自分で監督をして『ブラック・ジャック』の映画をやるのが夢なのだって。

ちなみにアニメの『BJ』も香港ではまだ放送中。


ところで2泊のこの出張がどんなに忙しかったかといえば、香港滞在中に使ったお金の総額がなんと、20元。
日本円にして300円。


はあ?

さ、300円ですよ。

3万円でも3千円でもなく。

つまり、食事は飛行機の中で済ませ、空港には迎えの車が来ていて、ホテルへ着くとすぐに打ち合わせで深夜まで。
翌朝、迎えが来て会場に行き、開会式を挟んで夜まで目一杯取材。
昼食と飲み物は主催者持ちで、夜はそのまま打ち上げ。
疲れたのでホテルに戻ると爆睡し、翌朝も取材があって、そのまま空港へ向かい、また機内食を食べて帰ってきたという。

観光も散歩もな〜んにもなし。

空港〜ホテル〜会場だけ。
(T_T)
仕事だから、しょうがないか。


300円は何かといえば、ホテルで使ったチップでした。

02:40

Mar 24, 2007

HONG KONG

今日は香港です。
いつもいきなりです。

地下鉄のイベントで手塚治虫のキャラクターを使うという。
そのセレモニーに顔だします。


香港はとてもひさしぶり。
むかしミュージック・ビデオを撮りに来て以来。

その頃はまだ九龍城もあって、街自体が猥雑で怪しい魅力があったっけ。
そんな街のド真ん中でゲリラ撮影やったり、廃車燃やしたり。

やってる無茶はいまと一緒かあ。
(>_<)

今回はVIPで呼ばれて行くので、そんな無茶はできません。
取材ぎっしり。
遊ぶヒマもなし。

せっかくの香港だけに、ちょい残念。

14:58

Feb 5, 2007

SIMO−SUWA

中央道の諏訪湖サービスエリアには、なんと温泉がある。

ちょいバカにしてたけど、眼下に壮麗な諏訪湖を眺めての湯は気持ちいいかもしれない。

しかし入口まで行って決心がつかなかったのは、こんなところで寛いでしまっては運転して帰るのがイヤになっちゃうかも、と想ったから・・・。


立春の日を下諏訪で過ごしました。

アルプスに囲まれた小さな宿場町だけど、昔ながらの気風が静かに満ちていて、日本らしい佇まいが残る。

こういう町は好き。
町の人たちとも、すぐ顔見知りになれそうな。

泊まったのは諏訪の杜の隣、甲州街道と中山道が出会った追分にある、いにしえの本陣がいまは温泉旅館になっていて、良心的な価格で心尽くしのサービスが受けられる。
湯も柔らかく上質。

かつては将軍家、皇室も御用達の館で、当時の部屋もそのまま残っている。
明治以降は島崎藤村、芥川龍之介ら文豪がよく滞在していた様子。

ここ、なかなか気に入りました。

今日は風も冷たく寒かったけど、諏訪湖の向こうにきれいな富士ものぞいて絶景。

先祖を探し訪ねる旅で、素敵な巡り合わせがあると、なんだか導かれているような気分で心が安らかに弾む。


これからの趣味にいいんじゃないかな。

自分探しじゃなくって、先祖探しの旅。


流行るかな〜。


その前にハイウェイ温泉入れよ って?

こ、こんどね。

01:30