Tezka Macoto' 6D

プロフィール

1961年東京生まれ。世界でただひとりのヴィジュアリスト。

高校で映画製作を始め、17歳の処女作が日本映像フェスティバルで特別賞を受賞。大島渚に激賛され、以後インディペンデント映画を多数発表。8mm映画『MOMENT』でカルト的な人気を得る。

大学生のときにテレビや雑誌で仕事を始め、ショートホラーのルーツである番組『お茶の子博士のホラーシアター』(「もんもんドラエティ」)が評判になる。また『ねらわれた学園』で俳優としても怪演。
85年、ロックミュージカル映画『星くず兄弟の伝説』で商業監督デビュー。

以降、実験映画から商業作品まで様々な映像製作の傍ら、小説の執筆やイベントの演出、音楽のプロデュースなどを行う。Vシネマの草分けとなった『妖怪天国』を監督し、数々のMTVを演出。黒澤明監督の現場に取材しメイキング・ビデオを撮る一方、開発初期のハイビジョンで東大寺を撮る。

黎明期からデジタル・メディアに接し、生物ソフトのエポックメイキングとなったCD-ROM『TEO~もうひとつの地球』をプロデュース。世界19か国で58万本を売り数々の賞に輝く。
10年を費やした意欲作『白痴』が99年のヴェネチア映画祭でデジタル・アワードを受賞。フランスでも劇場公開される。

93年に自身のオフィス「NEONTETRA」を設立。モデルの橋本麗香らのマネージメントも行った。
また手塚治虫の遺族としても活動を行い、記念館やホームページをプロデュースする。

近年はアニメの監督も行い、テレビアニメ『ブラック・ジャック』は東京アニメアワードの優秀作品賞を受賞。監修を行っているマンガ『PLUTO』(浦沢直樹)がヒットし、数々のマンガ賞に輝く。
最新作は劇映画『ブラックキス』。(2006年)

手塚眞
NEONTETRA

Sep 23, 2010

HIDA


飛騨、高山に行きました。


奥飛騨の


福地温泉に1泊したのですが

飛騨の山々に囲まれた


なにもない、

いや


自然と空気と水がいっぱいある

静かなたたずまいの村で

落ち着くいいところでした。


がさがさした賑やかな観光地は苦手なんです。


さて

ここからが本題。


そこの旅館の売店で


妻が1冊の本を見つけた。

『裏古事記』


という奇妙な書で

郷土史か何かと思いきや

日本史の裏に秘められた事実を暴露する


過激な本。


著者は

山本建造さんという


地元の研究家の方で

自称超能力者なので

ちょっと怪しい感じ。


ところがその翌日。

白川郷まで足をのばして


今度は高山市内に宿を取ったのですが、

町はずれの高台にある旅館へ辿り着くと

その向かいの

鬱蒼とした木立の中に

「福来博士記念館」

という看板を見つけた。


え、


福来博士?

まさか、


福来友吉?


おそらくピンと来るヒトは少ない名前だと思いますが、


超常現象やオカルト好きなら知っている。


福来博士は


明治生まれで

日本の超心理学者の草分け的存在。


特に

世界ではじめて「念写」を発見し、


数々の実験を行って


学会で発表された方。

東大の教授だったが、

超能力者に月の裏側を透視させ、

念写させるなどしているうちに

マスコミに叩かれ、


大学を追放された。

晩年は

高野山大学で教鞭をとる。


その福来博士の記念館がなぜここに?


と思ったら


博士は高山の出身だそうで

しかも、


その私設記念館を創立したのは、

福来博士に師事していた


山本建造氏。


あれ、


その 山本 って・・・


まさか、

なんと、


1日前に妻が購入した


あの本の著者じゃないですか。

(◎ o ◎)


まったく情報なく来たのに

まるで決められていたかのように


記念館を訪れている。


こういうのは


「面白い偶然の一致だね」


で片づけられてしまう話ですが

ぼくらは

こうした出来事に大きな意味を見て取ります。


偶然の一致は

魂の道しるべなんです。

このページの左側に

ぼくの個人オフィス


「ネオンテトラ」


へのリンクが貼られていますが

その事務所名「ネオンテトラ」は


ぼくのスタッフすら知らないことですが


かなり以前に企画した映画の題名に由来しています。

その「ネオンテトラ」という映画には


「福来博士」というキャラクターが登場します。

もちろん


福来友吉博士をモデルにしていた。


また、


このページの名前は


「6D」。

これは

「6次元」を意味しますが

山本建造氏は


その「6次元」を若き頃から提唱され、

研究してきた方。


つまり、


彼らはぼくの人生に無関係ではないのです。


そして


このことは

明らかにプライベートなメッセージを発している。


記念館に展示されていた福来博士の遺品に


博士がロンドンで開かれた

「国際超心理学会」

で講演したときの草稿が展示されていたが、

その題名は


「Misticies」。


紛れもなく


ぼく個人に向けられたメッセージなのです。

まるで山本氏が超能力で呼んでいるような感じだが

残念ながら

山本氏は数年前に他界されたようだ。


思念は残る。

福来博士はそれを証明していた。

00:35

Feb 8, 2010

REUNION

3年前に、

たまたま知り合ったヒトがいた。


彼女はスタイリストなのだが

それはもう、行きずりの出来事で、


たまたま同じ店にいて

彼女が困っていたようだったので、

知り合いでもないのに

ずうずうしくも

いきなり助け船を出した。

ふつうならそれだけで終わる関係だが

名刺をもらったので、

年賀状くらい出していた。

3年たち、

今月、作品作りのスタッフが揃わず困っていたので

思いきって連絡をしてみたら、


翌日に3年ぶりに再会することになった。

そもそもよく知らない相手なので、


1.仕事の話をきいてもらえるかわからず

2.内容を理解してもらえないかもしれず

3.理解してもらえても、センスがあわないかもしれず

4.スケジュールがあわないかもしれず

5.条件があわないかもしれなかった。

ところが、

会ってみたらすべてクリアーしていた。


作品作りを手伝ってもらえることになった。


10年ちかく、

会っていないスタイリストがいる。


その前には、よく仕事を手伝ってもらっていたのだが、

ここしばらくは連絡すら取っていなかった。

気になったので調べてみたら

所在不明だった。

そこで知り合いのツテできいてみたら、

何年も前に東京を離れ、

仕事も離れているという。

それでは連絡するだけ無駄かもしれない。


そう思っていたら


本人から電話が入った。

まさにその日、

彼女は数年ぶりに友人と連絡を取ったところで

ぼくが探していたという話になったのだ。


その同じ日に!

しかも、

思うところあって東京を離れていたが、

数年ぶりに戻るつもりだという。

それも、

翌週に。


なんという、タイミング。


ロケ場所を探していて

ネットをみていたら、


20年前に

たった1度だけ、

イベントで会った方のホームページにたどり着いた。

彼女は元レーサーで

エッセイストでもあるのですが、


いまは東京を離れて

富士の山麓で酪農をやりながら

カフェを経営している。

しかし

友人というほどのつきあいでもなく、

なにしろ一度仕事で会ったきりで

20年間、ただ年賀状だけを交わしていた。

その方のホームページに

彼女が撮った写真がアップされているのだが、


その中の1枚が

まさに探していた景色だった。

すぐに電話して、

20年ぶりに本人と話した。

翌日には

朝霧高原にある

彼女のカフェを訪れた。

とても美しい場所にあり、

作品作りには理想的だった。

ところで

信じられないかもしれないが


この3つの話は


たった1日の出来事なのだ。


再会のタイミングは精妙なものだ。

奇跡とは思わない。

時が訪れれば、

出会えるようになっているだけだ。

03:00

Dec 10, 2009

TACO

PCにふりまわされて

熱を出して寝込みました。


機械相手だとついデリケートになります。

今年はかなり忙しかったので

年末は少し休もうと。


といいつつ、

年末は会食の機会が多くなります。

今日はエヴァンゲリオン 大月氏、樋口真嗣監督らと会食。

銀座で焼肉が食べたい

というので

雑誌で検討つけたホルモン焼肉屋にはいると、

出てきたタコ頭の店員がいきなり

「あ、手塚監督!」

というので、


「よくわかりますね」
なんて答えていたら


「むかし、監督の映画に出ましたよ」

って。


 !


ああ、

タコさん!

25年前に

『星くず兄弟の伝説』を撮ったとき

サンプラザ中野くんと共演していたタコ頭のパンク男が

当時アパレルで仕事していた、タコさん。

俳優ではない、完全な素人だったのですが、

キャラクターが面白いからと推薦されて、

出演してもらったのでした。

そのタコさんがこんなところに。


変わらずいまも名前を「タコ」で通しています。


一瞬にして25年前がよみがえってくる。


するとエヴァ大月氏も

「おれもあれ、出演してんだよ」

と。


え〜、そうだった?

たぶんエキストラで来てもらったのでしょう。


人生の中で、

ヒトの交差は面白い


というより

神秘的ですらある。

一瞬のすれ違いで終わるヒトもいれば


何度も出会うヒトもいる。

学生時代に知り合った青年が

その後、業界にはいって

まさか『エヴァンゲリオン』のプロデューサーになるとは。

年賀状の宛先を見ながら

さまざまな相手の顔を思い浮かべました。


名前に覚えのない相手から

見事な鬼ゆずが届く。


直径およそ15センチはある、

巨大なゆず。


それにしても誰から?

数日後に手紙が届いた。


坂口安吾の会で一瞬、立ち話をした相手だった。

彼女がその後、

新潟の安吾の碑を訪ねた折りに知り合った地元の婦人が、


ぼくの知人の母親だったそうなのだ。

その知人とは、

まさに数年前、


たまたま立ち寄った店が彼の店で

それが20数年前に、一度だけ会ったヒト。

出会いは驚異ともいえます。

21:25

Sep 28, 2009

TROUBLE

運転をしていて

ガソリンが足りないな

と思い、

スタンドめざして走っていたら


スタンド手前あと数百メートルというところでいきなりエンスト。


メーター表示ではまだ50キロは走れそうだったのに。


たまにはこんなこともあります。

とはいえ街道のどまんなか。

しかも帰宅ラッシュ時。


とんでもなく迷惑になってしまっている。


本当に、どうもすみません〜。


それも坂の途中です。


車を押して移動させようにも

ギアをニュートラルに入れたとたんにバックしてしまう。


まあ、こうなるとJAFを呼ぶしかないのだけど。

ところが

不幸中の幸いか

恐運なのか


目の前で交通事故があったらしく


パトカーが数台とまり、

警官がたくさんいるではありませんか。


すぐに飛んできて

「どうしました?」

「エンストしちゃいまして」

「(しょうがないな〜、事故の手前で!)じゃあ押しますから路肩に寄せて」

とおまわりさん数人で押してもらって

無事に路肩に寄せられました。


しかも事故処理のために赤いコーンまで並んでいたので、

ちゃっかりその中に停めさせていただきました。

ガソリン・スタンドは目と鼻の先だったので

ガソリンもらってきて無事発進。


事故に便乗してトラブル解決したのは申し訳ないのですが

こんなにおまわりさんに親切にされることなんて滅多にありません。


ありがとうございました〜。

実はその前にも路上駐車をしようと

駐車枠に停めると

小銭がない。


見ると目の前に駐車取締員がいるじゃないですか。

「小銭がないので崩してきます」

「はいはい。お早くね」


両替してもどると前後の車は料金未納で駐禁とられていた。

もちろん、ぼくのは無事。


これもタイミング絶妙でした。

こんなことが続けてあると


今日は公務員に助けられたな、

税金はらった甲斐があった


などと思いながら運転していたら

すぐ前を救急車が走っていて

まるで先導してくれているようで


できすぎでした。

16:12

Aug 9, 2009

FRIENDS

1日でギャラリーやライブハウスに友達を訪ね歩く。

恒松正敏さんの個展が渋谷で開かれていた。

ギャラリーに入るとここでもジョン・フォックスの音楽が流れていてびっくり。


「彼の展覧会に行ってきたよ」

と言ったら、恒松さんも驚いていたけれど。


なんといっても恒松さんは元フリクション。


ミュージシャンと画家の二股をかけているところはジョンと似ている。

今回は映画『ハゲタカ』に使われた絵と、

墨絵の魚や小動物たち。

恒松さんは『白痴』でたくさんの美術を描いてくれましたが、

『ハゲタカ』の主演、大森南朋さんも、

実は『白痴』の出演者。


その偶然にも驚いていた。

もうひとつの偶然は、
その日が恒松さんの誕生日だったこと。


しかも、たまたま同時に訪れていた画家の奥山忠さんは、

ぼくと同じ誕生日だった…


次は新宿の写真ギャラリーに、采女美和さんの個展を覗く。


采女さんは数年前に飲み屋で知り合った若き写真家。

フツウでいてユニークな、彼女にしか撮れない写真の数々。

なにげなくオープニング・パーティに顔を出していたら、

まったく関係なく最近知り合ったダンサーの女性がそこにいて、声をかけられる。

采女さんの知り合いだった。


これもフシギな偶然の結びつきでした。

その足で、

PIT INNに、

友人のバンド、 GuliettaMachine のライブを見る。

ギターの大津真さんは元サンセット・キッズというニューウェーブバンドをやっていて、

やはり「80年代」のヒト。


ときどき、ぼくのアート作品に音楽を提供してくれている。

ピアノのえとうなおこさんは、

モデルや出演者として作品に関わってもらう方が多かった。


大原まり子さんの『吸血鬼エフェメラ』という小説の文庫の表紙をデザインしたとき、

そこでもモデルになってもらっています。


もっとも彼女はモデルでも女優でもないのですが。


この日のゲストは、

最近『ウルトラミラクルラブストーリー』という映画のサントラを手がけた

大友良英さんと、

歌手の Phewさん。


Phewさんも長い知り合いですが、

やはり伝説の歌手といわれていた。


何年たっても少しも変わらないけど。

最近はネット販売の店をやっている。

http://www.bereket.info

そういえば

彼女の(伝説の)名アルバム『Phew』はプロデュースが故 コニー・プランクだった。

コニー・プランクといえば、

ジョンのULTRAVOXのアルバムのプロデュースもしていたっけ。


無理矢理、話を輪にしてみました。

01:33

Jun 13, 2009

TADPOLES

チャールズ・フォート(1874-1932)

という学者がいて、


彼は一生「幻象」を研究していました。


幻象というのは

石の中のカエルとか、

なぞの飛行物体とか、

ふつうあり得ない、

説明できない出来事。

石川県でオタマジャクシの雨が降ったようですが、

フォートの著作には似た話が山ほど紹介されています。


カエルの雨、魚が降った話… 。

いまに始まったことではなく、

海外では昔から知られている現象です。


古くは1世紀のローマでも記録されています。


いや日本でも、昔から知られた現象で


江戸時代にはお札も降りましたね。

この現象は映画でも取り上げられていて

リュック・ベッソン監督のデビュー作『最後の戦い』では魚が降っていたし


近年の『マグノリア』ではクライマックスにカエルが降ってくる。

これは、幾世紀たっても原因も理由もわからないところが痛快です。

いたずら説、竜巻説、鳥の仕業説がありますが

どれも説得力に欠けますね。


なにしろ

オタマジャクシだけ

が100匹以上も降ったのですから。


いたずらにしては無意味にタイヘンすぎるし(なにしろ飛行機が必要です)

オタマジャクシのみを選んで上手に吸い上げる竜巻なんて聞いたこともなく、

鳥が餌で食べたにしても、100匹以上も消化せずに空で吐き出してみせる芸当をするのか?

フォートはとんでもない説を提唱していて、

それは自然のテレポート説。

自然の中で物体が別の場所に移る。


カエルやオタマジャクシが、あり得ない空中に移動したと。


かなり無理のある説です。


ちなみにぼくが以前書いた小説では

「子供の指」

が数百本降ります。


石川県のオタマジャクシは、きちんと学術的に研究されるのでしょうか。

それとも、無意味なことと片づけられるのでしょうか。

15:50

Feb 3, 2009

KISO−BUSHI

何年か前に買った俗曲師うめ吉さんのCDがなぜかポロリと出てきて、

なぜかひさしぶりに聴きたくなって、

週末が下諏訪だったので、道中のカーステで流してました。


高速走りながらの民謡もなかなかオツなものです。

ぼくのカーステでは民族音楽とか海外の大衆ポップスがよく流れています。


そのCDにはちょうど木曾節が入っていて、


 ♪ 木曾の中乗りさん〜 木曾の御嶽山は ナンチャラホイ


と合わせて歌いながら、


ん〜、

「ナカノリさん」て、なんじゃらほい?

なんて思ってました。

さて下諏訪での講演も無事おわり、

(いらしてくださった皆さん、ありがとうございました。下諏訪は手塚治虫のルーツでしたでしょ)


帰路、せっかくだからと木曾まで足をのばして軽くドライブ。


木曾福島に興禅寺という古刹があり、

そこは手塚家ルーツゆかりの木曾義仲公の墓所として遺髪が奉られているらしい。

美しい庭もあるというので、
初めてだったんですが、ふらり立ち寄ってみたら、


ビックリ。


なんとそこは

「木曾踊 発祥の地」

だったんですよ。


え〜 っ、

それ歌いながら来ちゃったよ。


しかも木曾節の起こりは、

木曾義仲公の弔霊のために行われた踊りが原型と知って、

二度、びっくり。

こうなると偶然とは思えなくなるでしょう。


そもそも信州がウチのルーツと再認識したのも偶然で、


かつて別所温泉に行った際、臨泉楼柏屋別荘という宿に泊まったら、そこを明治の頃に改築したのが

近くの手塚村出身の手塚長平という大工さんで、


そこで地図をみて手塚村(いまは町です)を訪ねたことから始まります。


なんか、呼ばれている感じですよ。

すると、「ナカノリさん」はもしや、
義仲のナカか?


と思ったんですが、

残念ながらそんないい伝えはないようで、

「ナカノリさん」の由来は諸説ありますが、

木曾は古くから林業が発達し、

材木を輸送する際に川に流して小さないかだに組み、その真ん中に乗る役目のヒトを中乗りというそうで、

木曾節もあるいは舟歌というか、木遣り歌のようなものが混ざっていったのかもしれません。

大陸的な古い節回しが残るうたですね。


話もどりますが、

うめ吉、けっこう好きなんですよ。

A F Q :

アニメ「鉄腕アトム」の主題歌について、お尋ねの答。


2003年に放送された『ASTROBOY 鉄腕アトム』はアメリカの映画会社と共同で作り、世界中で放送する計画でした。

そのため、主題歌についても世界中の音楽著作権を確認する必要がありました。

というのは、60年代に世界で放送された最初のバージョンの『鉄腕アトム』も日本と同じ曲を使っていたからです。

その確認手続きに手間取って、放送開始に間に合いそうもなかったので、

最初のうちはその曲を使わず、

完全に確認が取れてから改めて原曲をアレンジしたバージョンをZONEが歌いました。


木曾節じゃありませんが、
こうして様々なバージョンが生まれ、変わって、曲が後世に残ってゆくのですね。

ちなみに先日のNHKの放送で、手塚治虫本人がアトム主題歌を歌っている映像が流れましたが、

収録後、本人はいたく不満で、うまく歌えなかったと機嫌が悪かったそうです。

視聴者へのサービスで歌わせられたようですが、

気恥ずかしさがありますね。


本人はもともとあの主題歌が好きだったかといえば微妙なところで、

少なくとも手塚治虫が好きなタイプの曲ではないようですね。

00:20

Jan 29, 2009

AYUMI 3

たしかこの間、正月だったように思うのですが、

もう月末ですか。


・・・・ 。


早いです。


今年はゆっくり、じっくり進もう、

なんて考えているうちに、

日にちの方が先へ進んでしまいました。

最近の悪い癖は、

仕事が詰まってくると、
「サッサと片づけよう」
「はやく明日になればいい」
と思ってしまうこと。

たしかに、タイヘンな仕事や面倒な作業は、考えるほどに辛く思えてくる。

だからなるべくよけいなことは考えないことにして、

終わったあとのこと、
翌日のこと、先の楽しみなんかを考えるようにしているのですが、

そうするとホントにすぐ先が来てしまう。

どちらがいいのでしょうね。


先週末はNHKでずっと渡邊あゆみさんと一緒でしたが、

今日はもうひとりの渡邊あゆみさんに会う予定。


と思っていたら、
知り合いの女性脚本家の方から連絡がきて、

なんの用事かと思ったら

「私の旧姓は渡邊あゆみなんです」。

3人めですか、このタイミングは。

いったい、ぼくの周辺には何人の

「渡邊あゆみ」

がいるのでしょうか。

02:36

Jan 13, 2009

SYNCHRO 1

先日のラジオでも話したことですが

ふだんの生活でも偶然起こることが多くて


むしろそれを歓迎しているといいますか

偶然によって人生の方向が決まってゆく感じです。


だいたい好い方に向かいます。


好いというか


本来向かうべき道というか。


だから日頃からそういうことを意識してゆこうと。

昨年秋に、イベントに来ていたお客さんにひとりの女性を紹介されました。

写真のモデルをしているといいます。

そこで年末に彼女の写真を撮ることにしたのですが、


名前を聞くと

「渡邊あゆみ」

といいます。

NHKに同姓同名のアナウンサーがいらっしゃるのですが

その方とは無縁です。


無縁の、はずでした。


ところが、この2月にNHK−BSの番組に出ることになり、

ぼくはナビゲイターのような役割で5日連続で出演するのですが、

一緒に司会をするのがその、


渡邊あゆみアナでした。

まあ、この程度のことなら誰にでも起きますね。

そこで、このささいな偶然を面白がり、こだわってみる。


ひとつの話のネタとして「渡邊あゆみバナシ」をラジオでも紹介したのです。


で、そのラジオ出演が済み、
午後は野田秀樹さんの芝居を観ることになっていました。

渋谷の劇場に行き、席につくと、

なんと隣に渡邊アナが座っていたのです。

もちろん、初対面。

こうして数カ月のうちにふたりの「渡邊あゆみ」さんに出会い、仕事をすることになったのです。

それがなんの意味があるかって?


その意味はわかりません。


ただ、「歩む」先が間違っていないということなんじゃないかな。

こういうと、人生が最後まで決められているようでつまらないと思うかもしれません。


いやいや、


道は無数にあり、

選ぶのは自分。


道からはずれないように、

しっかり偶然につかまって生きてゆくのです。


理屈や意味だけで生きていたら

それこそ窮屈で息もできなくなるかもね。

R M D :

1年以上前に、1度会っただけのアーティスト、D[di:]さんから年賀をかねて個展の案内が届きました。

ぼくは彼女にまた会いたいと思っていたのですが、連絡先をなくしてしまっていたので、
ちょうど良かった。


そして、ぼくがそれを見に行くことができたまさにその日だけ、本人が在廊しておりました。

これもさりげない偶然。


しかも画廊の前で、これもまた偶然に数年来の知人にバッタリ遭遇。


こうやって偶然の連鎖がぼくを導いていきます。


D[di:]&人形作家MAYUKA

CHELSIE
チェルシー10年の記憶と/

原画・ビスクドール展
@西荻窪 +cafe(タスカフェ)
07064631009
http://www.tasuorg.com/cafe/


D[di:]が10年間に渡り描き続けてきたコミック『チェルシー』の原画などを展示。

ちょっと怖くて、切なくて。
ほんわか癒され、異色ファンタジー!

期間延長して 1月26日まで。
(だと思うので確認してね)

01:22

Sep 1, 2008

5YEN

事務所の近くのコンビニで買い物して、お釣りをもらったら、

なんだか気になる5円玉が混ざっていました。

みると、「日本國 昭和二十八年」とあります。

なんとまあ、

古い硬貨だこと。


55年間も、どんな人たちの手へわたり、どんなものに使われてきたのか。

どうやってぼくの手までたどり着いたのでしょう。


それを想うと、

ふだんはお金に愛着などないのですが、

5円玉が妙に愛しく見えてきました。

これは使わないで、置いておこう。


お金の視点から語られる映画なんかおもしろいかもしれませんね。

人間の様々な面が見れそうで。

14:30

Jun 18, 2008

SYNCHRONICITY

すでにネットなどで話題になっていますが

『ブラック・ジャック』のマンガで、先日の東北地震が予言されていたという。


「もらい水」という、テレビアニメでも人気があったエピソードの中に

「6月14日午前8時ごろ 東北一帯にマグニチュード7.5の地震発生」

という文章が出てきます。

日にちや時間まで似ていますね。

これは予言?

こういう偶然の一致は創作物にたまに起こります。

有名なのはタイタニック号の沈没の14年前に、
イギリスで出版されたモーガン・ロバートソンの『徒労』という小説で、

「タイタン号」という「豪華客船」が「4月」に「大西洋」で「流氷」にぶつかり沈んでしまう、

という内容でした。

乗客数や救命ボートの不足など、細かい部分もそっくりでした。


こんな意味深い偶然の一致を
「シンクロニシティ」
といいますが、

それがなぜ起きてしまうのか、今の科学ではまだ説明されていません。

もしかしたら古い時代の科学 ―現代なら迷信と呼ばれてしまいますが― は説明できたかもしれませんね。


ただ『ブラック・ジャック』が描かれたのは30年近く前。

ちょっとのんびりした予言ですね。

手塚治虫はロボットや未来都市の姿などを50年以上前に予言していた、
どうしてですか?

とよく尋ねられますが、

ロボットや未来都市は手塚治虫が生まれる頃からすでに話題の映画や漫画になっていました。

そのイメージを借用しただけです。

ただし、
『鉄腕アトム』などを読んで育った人々が、
それを心の中のイメージとして、その後の世の中をそっくりに作り出した、

ということはあるかもしれません。


まあ、いずれにせよ創作という行為は、
少なからず神憑った部分がありますからね。

08:47

May 15, 2008

CHANCE

疲れと寝不足から、
先週末はついに風邪をひき、
しばし熱で寝てました。

で、
週あけてその分も働かなきゃ、

という感じです。


回復しかけに、ベッドで中国に関する本を読んでいて、

極端な経済成長、オリンピックと建築ラッシュ、辺境に残された少数民族の暮らし、チベット問題などなど、

いま中国は激動期なんだなあ、と思っていたら、

本当に「激動」してしまいました。


オリンピックを目前に、なぜこのタイミングで?


偶然、

と片づけることは簡単です。

しかし極端な自然現象に原因や意味はあるのでしょうか。


以下の文章は前に書いて、アップするチャンスを逃したものです。

タイミングは少しズレましたが、
せっかく書いたので出します。

「バタフライ効果」で知られる物理学者ローレンツ氏が亡くなりました。

カオス理論の代表的な提唱者です。

「バタフライ効果」というのは、

「ブラジルの蝶が羽ばたけばテキサスに竜巻が起こる」

という例え話から名付けられました。

映画『ジュラシックパーク』でもジェフ・ゴールドブラムが説明してましたね。

ほんの些細な条件が大きな結果に影響すること。

初期条件があまりに複雑でたくさんあると計算不可能なカオスになります。

正確な天気予報とか、
未来予測が難しいのはそのせい。

映画作りなどはまさにカオスです。

関わる人はたくさんいる、やることはたくさんある。

ひとつのショット(画面)を撮るのにも様々な条件が関わります。

出演者やスタッフのコンディションもあれば、天気や撮影場所の条件など、予測つかないことがたくさんあります。

まあ、たいてい計画通りには行かないもので、

だからこそ現場で機転をきかせたり、とっさに判断したりが必要になるんです。


一方、そんなカオスを扱う方法として、

「偶然」をうまく利用する、

という手があって、

これはいにしえの指導者が国を治めた手段に似ていますが、

つまりは占いのようなものです。


コインを投げるとか、
縁起をかつぐとか。


馬鹿馬鹿しく聞こえるかもしれませんが、

カオス理論を突き詰めても、実は同じようなことに行き着きます。

科学の最先端は、案外迷信のようなものです。


迷信とはなにか。

計算式に当てはまらず、

再現が困難な現象のこと。

「偶然のタイミング」というのが、まさにそうなんです。

02:40

May 7, 2008

TIMING

いまウチは陸の孤島です。

住宅街の奥、路地の突き当たりにあるウチに至る道はふたつあって、

ひとつは細く曲がりくねった路地で、
もうひとつは川を橋で渡ります。

この川が河川工事をしていて、数カ月も橋が使えないのです。

ところが、残された路地も道路整備工事が始まり、通行が規制されてしまいました。

これではウチから出られない、入れないではありませんか。


河川工事は3月までという予定が、6月末までに延びました。

3ヶ月も工期が遅れるなんて。

そりゃ雨とか自然現象の影響はあるでしょうが。

しかし、素人じゃあるまいし。

当初の見通しがズサンだとしか思えない。


もし、映画制作が3ヶ月も遅れたらタイヘンですよ。

当然、工費も余分にかさむでしょう。

その工費、税金ですよね。


それにしても、
ふたつの道路工事が重なるのはタイミングわるい。

こういうの、誰かが調整しないものでしょうか。

宇宙で人間がいまだ扱えない唯一のもの、

そして生きることに重要なものが、

「タイミング」

だと想います。


考えてみてください。

今日1日。

この1年。

これまでの人生。

タイミングが悪くて失ったもの。
タイミングがよくて成功したこと。

いろいろありませんか。


ぼくはこの、タイミングを扱う方法、
つまり良いタイミングの掴み方を以前からずっと考えています。

もしそれが見つかれば、

思わず「ユウレカ!」と叫んで風呂から飛び出すか、
目覚めた人となって悟りの眼が開くか、

まあ何にしても世界的な大発見になるわけで。

なんか少し、掴みかけたような気はしますが。

なかなか「時間」というやつは正体を見せなくて。


「時間」と「タイミング」については、そのうち本でも書こうかと想っているのですけどね。


はたしてそのタイミングはいつ?

23:03

Jan 18, 2008

WHISPER

準レギュラーやってる『サイエンスZERO』の収録があったのですが、

カンボジアのアンコール遺跡をシュミレーションしたCGで再現、

という場面があって、画面に巨大な仏像の顔が映るところで、

音声ノイズが入って、NG。

これがまた、誰もしゃべっていないところで
「ウ〜ン」

と囁いている声に響くのです。


「きっと仏像だよね」
と共演の安めぐみちゃんとも話してましたが、

何回収録しても、必ず仏像の顔でノイズが入ります。

技術者は、
「カメラを動かしたときのノイズ ってことにしよう」
とごまかしてましたが。


でも、この番組もう6年目になるのですが、
これまでなかった珍しい現象です。


結局原因はわからず、ノイズはあとで消して放送しようとなりました。


こういうの、すぐ「怖い」とか「何かある」と勘ぐるヒトがいますが、
ぼくは縁起が良いと考えます。

だって仏さまの顔を映して声を聞くなんて、すてきなことですよ。

もしかしたらその仏さまは安さんのファンだったかもしれませんしね。


放送されるのは2月9日。
(再放送は2月15日)。

好いことがあるといいな。

23:07

Nov 26, 2007

DREAM CATCHER

それは新潟撮影初日の夜のことでした。


今回の8mm撮影のため色々と骨を折ってくれた地元の友人たちに、お礼かたがた会食しようと思ったんです。

19時に古町で待ち合わせると、ひとりは遅れてくるとのこと。

じゃあ、それまでの間にちょっと買物につきあってもらおうと。

実は翌日撮影でつかう小道具の飾りが足りなかったんです。

東京で買う暇がなく、新潟で時間があったら探そうかと。

でも半分あきらめてました。

それは皮ヒモと鳥の羽の飾り。

よく、ネイティブ・アメリカンの装飾にあるようなやつです。

ほら、ドリーム・キャッチャーとか。

どこにでもありそうですが、なにしろ新潟とはいえ夜の7時の古町でしょ。

そんな店あるかしら、
と半ばあきらめて歩いてたんですね。

案の定、店はみつからなくて、そろそろ戻ろうかというあたりで、一軒のアクセサリー・ショップを発見。

いわゆるシルバー・アクセサリーの店です。

そんな店にはネイティブ・アメリカンのアクセサリーなんかもあるかも、
と店を覗くと、

大当たり!

ショーケースの中に、きれいなドリーム・キャッチャーがあるじゃないですか!

これ、これ。

こんなのを探してたんだ。

しかし、かなりきれいなその造り。

高そうだなあ。

と、よく見ると、値札がない。

どうやら店の飾りみたい。

な〜んだ、とがっかりして、店長らしきヒトに
「これ、売りモノじゃないですよね?」
と聞くと、

「そうなんですよ。すみませんね」
といいながら店長は、ぼくの顔をぢっと見て、

「あ、手塚さんですか?」

「そうです。わかりますか」

「前にお会いしました」

「ああ、『白痴』のときに…?」
(新潟では『白痴』関係のヒトとよく会うので)

「いえ、26年前に東京で会いました。サインももらいましたよ」

「えっ!?」


話は26年前に遡ります。

当時ぼくは二十歳そこそこの小生意気な学生でした。

友人たちと作った『MOMENT』という8mm映画を披露上映するためのイベントを企画してたのです。

そのスタッフだった小林ひろとし氏(現・映画やアニメの脚本家)は、自分の通っていた専門学校の同級生のイシヅキ氏にそのチケットを売ったのです。

チケットのナンバーは「0000」。

イシヅキ氏は記念にサインしてくれと、皆のサインをチケットに残したのです。

彼はその後、故郷の新潟に戻り、15年前にアクセサリーの店をはじめて…。

そこにぼくが来た、というわけです。


彼はそのチケットをまだ持っていて見せてくれたのですが、
ぼくはなんとサインの横に一筆、

「覚えていたら、一生感謝します」

なんて書いている。

なんでそんなことを書いたんでしょうね。

ぼくはまったく覚えていなかったのですが、イシヅキ氏はシッカリ覚えていたのでした。

ところで、そのドリーム・キャッチャー、撮影にお借りできませんか?

「差し上げますよ。もらったものですし」


ということで、無事小道具が撮影に間にあったというワケです。

それにしても、凄い確率の偶然でしょ?

いや、
偶然じゃないですね。
25年前から、その予定だったのでしょう。

この話は、さらにオチがあって、

撮影翌日にその店(ガンダルフ、という名です)にお礼に立ち寄ったのですが、せっかくなので記念に何かアクセサリーを買おうと物色していると、
イシヅキ氏が「これはどうですか」と出してくれたのは、裏が魔鏡になっているネックレス。

その小さな鏡に強い光を当てると、反射して天使の羽が映る。

天使!

即、買ったのはいうまでもありません。


今日は東京で「天使」の撮影がありました。

カオちゃん演じる天使に、暖かい陽の光が当たっていました。

02:13

Nov 11, 2007

ENN

法事があって出かけたのですが、
そもそもこんな頭でしょ。

お寺では大いに目立つわけです。

手塚家の者、ということで大目に見てもらってますが。

ところが、もうおひとり場にそぐわない、

というと失礼ですね、

居辛くされている方がいらっしゃって、どう見てもミュージシャン、それも若干のニューエイジ的な匂いが。

と思ったら、シンセサイザー奏者の伊藤詳(あきら)さんでした。

かつては喜多郎と共に「ファー・イースト・ファミリー・バンド」に参加されていた伝説の方。

山岸凉子さんの「日出処の天子」のCDや、映画のサントラなども手がけられていて、
たしか手塚治虫原作ものの音楽にも参加されている。

というより、大昔にぼくもお会いしたことがありましたよ。

そんな彼がなぜ親戚になったかといえば、

ぼくのおばあちゃん(父親の母)の弟さん(の法事だったわけで)、ということは大叔父さんになるのかな、
そのお孫さんと結婚された。

という、わかりにくい道筋を経て繋がりました。


ちなみにこの大叔父さんは書も画も嗜まれた大変知的で紳士的な方でしたが、その奥様の旧姓は「尾形」で、そこを辿るとイッセー尾形さんがいらっしゃる。

つまり、イッセーさんとも親戚なんですよ。

お会いしたことないのですが。

新潟にいる友人がイッセーさんのワークショップを受講したとかで。

意外なところで意外なヒトと繋がります。


ハナシのついでに、
縁つながりのネタをもうひとつだけ。

千円札みてください。

裏面に富士山の絵がありますけど、
この絵のモトになった写真を撮った岡田紅陽さんは、富士山写真の第一人者ですが、

母方(新潟)の遠縁です。


ちと、遠いハナシでしたが。


今日はその後、映画でよくお世話になっているフラメンコ・ダンサーの鈴木敬子さんのスタジオが引っ越して、ニュー・オープンのパーティがあり、顔だけ出しましたが、

なんと、

ウチの事務所から徒歩3分。

近っ!


最近、事務所の近所に知り合いが住んでいることが次第に判明してきて。


世界が微妙に狭くなっている気分です。

22:10

Mar 28, 2007

AIRPORT

太った。

そんなバカな。

たしか香港に行く前は痩せていて、しかも、お腹を壊してでかけたはず。

それがなぜ、たった3日で太るのか。

帰宅するや、「丸くなったわね」と笑われてしまつた。

たしかに、丸い。
しかも、ガッシリと。

成田の税関で係員に呼び止められ、「荷物ですか?」と聞き返したら、
「いや、お腹を触らせてください」
だと。


ええ〜っ!

そんなに不自然に太ってみえるのか。

めちゃくちゃ、ショックなんですけど。

(T_T)


ところで、香港空港で驚くことがあったんです。

飛行機を待つ間、時間潰しに港内をブラブラしていたら、「手塚さん・・・」と呼ばれて見ると、
なんと『ブラックキス』の共同プロデューサーのA氏。

思わずふたりとも「なんでここに?」と目を疑いましたよ。

なにしろ、翌日に東京で会う予定になっていたのですよ。

A氏は小さな映画祭の審査員の仕事で来ていたとのこと。

しかも『ヤクザ23区』のプロデューサーも来ていたそうな。

みんな、なぜ香港にいるのか?
しかも、なぜバッタリ会ったりするのか。

この広い世界で。


結局、A氏とは搭乗機も同じと判明。
一緒に東京に戻りました。


香港には、ジャッキー・チェンの会社に古い知人のAさん(同名)がいるんです。

彼は日本人では数人しかいない、アメリカのアカデミー賞の会員。

しかも決して名前がマスコミに出ない。

連絡したのだけど、彼には会えなかった。


香港では、もうひとりとんでもないヒトと出会ったのですが、それはまた別の機会に話しますね。

00:33